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【完結】あなたを愛するつもりはないと言いましたとも  作者: 春風由実
本編

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65/96

65.冷えた空気が大好きです


「あら、まだ話しておりませんでしたのね?」


 こちらを見ている母が珍しくご機嫌に感じるのですが。

 それはそれでとても恐ろ……なんでもございません。


「すまない、ミシェル。あとで話す」


「それより大丈夫?具合が悪くなって?」


「それよりって……はぁ」


 溜息ですか?

 私はまた何か失態を──。


「違うよ、ミシェル。君が妻で良かったなぁと思ってね」


 また一度ぎゅっと力強く私を抱き締めたあとで、ジンは私の肩から顔を上げました。


「辺境伯殿には思惑がおありだったのでしょうが、申し訳ないがもう返す気はありませんよ」


「面白いことを。伯の思惑など成功するはずがないと知っておりましょう?」


「えぇ、知っていましたが。念のため、夫人にもお伝えしておこうと思いまして」


 ジンがお母さまと気安く話していることが不思議です。

 あの頃、こんなに仲良く話していたでしょうか?


 私の記憶にある限りは、そのような会話を耳にしたことはございません。

 隠れて仲良くしていたということかしら?


 それは少し寂しいですね。いえ、結構寂しいことです。


「ふっ。そのような当然のこと、わたくしに伝える必要はございませんわ。何を言われましても、わたくしはあなたの味方ではございません」


「味方にしようなどとんでもない。ただご安心いただきたかっただけです」


「まぁ、強気ですわね?娘と結婚したからかしら?」


「それはあるでしょう。私の妻はいつも私を支えてくれておりますので」


 妻とは私のことだと思うのですが。

 一体いつ私はジンを支えたのかしら?


 だって今も、私の身体を支えているのはジンの方です。


「ふふふ。王命を使ったことには驚きましたわよ」


「確実な方法がたまたまそこにあったもので」


「それは素晴らしい偶然もあるものですね。まぁ、及第点を与えましてよ」


「夫人に認めて頂けるのでしたら、有難いことです。これからもミシェルを幸せにするよう精進いたしますね」


「ふふ。そうですわね。頑張っていただかなければ、なりませんわ。我が息子からお尻を叩かれなければ動かなかったところは、落第点ですからね」


「それは……しかるべき時を見極めていただけで……」


「ほほ。『自分も結婚出来る。伯が気付いた』でしたわね?この件に関しては、我が息子ながら褒めてやりましてよ」


「くっ。元々計画はしておりましたから、ご令息殿のおかげで時期が早まっただけです」


 小さな声で「よく言う~」と零したのは、壁際で空気となっていたハルでした。

 

 ジンからふっと息が漏れると、纏う空気が変わります。

 すると何故か私の胸は騒がしくなりました。


「されど夫人ともあろう御方が、最後の最後まで伯を手懐けず、誤解を解かずに娘を送り出すことになろうとは。まさか思ってもみなかったことでしたから、私も驚きましたよ?」


「ほほほ。わたくしも、とても良き時というものを見極めておりましたの。お灸を添えるに最も相応しい時期は、今しかないでしょう?」


 またここで「娘と別れるそのときを狙うとは、なんたる悪鬼の所業か」とハルが呟いておりました。

 悪鬼の所業とはなんぞや?


 しかしながら、ハルの言葉を追求する気が起きないくらいに、私の胸はわくわくとときめいておりました。

 お部屋の空気が冷えているように感じられたからです。


 お母さまとジンの会話は寒く、まるで二人は戦っているようでした。

 この戦い、一体どこへ向かうのか──。



「待ちなさいよ!ミシェルお姉さまの親の話はどうしたのよ!」


 叫んだのはミーネでした。


 ごめんなさい。

 今の今まで従姉妹たちの存在を忘れていましたわ。


 ミーネが怒るのは尤もです。


 ですが私はそれよりもレーネの顔色の悪さが気になってしまいました。

 顔面蒼白となり俯いているのですが、これにミーネは気付いていないようなのです。


 不穏な話がありましたけれど、具合が悪いならばまずは医者をお呼びして──。


「ミシェルお姉さまがおじさまの妹の娘ですって?それってお父さまの嫌いなあの妹の話なの?」


 まぁ、叔父さまは妹がお嫌いだったのですか。


「その娘なら、ミシェルお姉さまはやっぱりわたくしたちよりも格下じゃない!」


 ミーネが苛立ちながら言い切っても、レーネは俯いたままでした。

 いつもならミーネと共に言葉を重ねている気がするのですが。


 本当に心配になってきました。

 すぐにお医者さまを──。


 バシン。

 よく知った音を聞き、思考が止まります。





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