60.これは夢に違いありません
しかし、そしょうとは何の話でしょうか。
そしょう、そしょう……。
「し、知りませんわ!」
「そうですわ。何のことですの!」
レーネとミーネが震えた声で叫びました。
バシン、バシンと扇が二度開かれて強い音と共に閉じられます。
「確かに知らないということはあろう。君たちの父親が逮捕された件で、屋敷に届いた訴訟に関する書状の束が君たちの手元に渡っていないことは考えられる」
ハルがそう言って、従姉妹たちがほっとした顔を見せたのは一瞬のことでした。
すぐに二人の顔は引き攣っていたのです。
「だから複製も持ってきたよ。ここで改めて説明しても構わないが、どうする?」
レーネは口元をハンカチで覆っておりましたが、ミーネは口をパクパクと何度か開閉しておりました。
「僕がここに来ている間にさらに増えている可能性はあるが、今手元にある分としては、レーネ嬢が二件、ミーネ嬢は九件に、二人揃っては五件になる。君たちは把握しているかな?ちなみに辺境伯夫人にはすで複製をお読みいただいているから、隠そうとしても意味はないよ」
レーネは震えておりましたが、ミーネはやはり強かったです。
しかし何か分かりませんが、ミーネの件数だけが多過ぎませんかね?
「嘘よ!わたくしたちを陥れようとしている人たちがいるんだわ!」
「合計十六件もの裁判の原告はどれも異なる貴族だが、貴族たちが秘密裡にでもなく堂々と結託してまで君たちを陥れようとしているとでも言う気かい?」
さ、裁判!!
え?そしょうって、訴訟でしたの!
「そうよ!そうに決まっているわ!」
「何のために?」
「そ、それは……知りませんわよ、そんなことは!わたくしたちが気に入らなかったのではなくて?」
これは逆ギレというものではないかしら?
ミーネは眉を吊り上げて怒っておりますが、目はハルから逸らしておりました。
そこでバシンとまた扇の音が鳴ります。
レーネはきゅっと目を閉じておりましたが、私にもその気持ちは分かりました。
私の場合は背筋がぴんと伸びてしまうのですが、それは安易に目を閉じては危ないという教えを騎士たちから叩き込まれていたからだと思います。
ですのに、ミーネ。強過ぎませんこと?
語るときには目を逸らしたミーネも、今は壁際に立ち語るハルを睨み付けておりました。
「そんなくだらない理由で、貴族が家の瑕疵ともなる裁判を自ら起こすと思うのかな?家の名に多少の傷が付いたとしても、それだけ君たちの言動が目に余ったということなんだけどねぇ」
「そんなの知らないわ!わたくしたちの方が被害者ですのよ!」
「婚約者や妻のいる貴族たちとよく遊んでいたようだけれど?」
「それも知りませんわ!」
「目撃証言も多々あると聞いているよ?」
「それだって、わたくしたちを陥れたい誰かが勝手に言ったことですわ!」
「勝手にねぇ。婚約者の不貞相手、夫の不貞相手として、君たちに謝罪と慰謝料を求める訴訟がほとんどだけれど?君たちを誰が陥れたいのかな?」
「わたくしたちを利用して婚約破棄や離婚をしたかったのではなくて?皆さん、お相手とは上手くいっていないと言っていらっしゃったもの!」
ミーネが墓穴を掘っているように感じるのは、気のせいでしょうか。
私でも、そろそろ黙った方が良いと思ってしまうのですが……。
「ほぅ。君たちの遊び相手の令息の家からは、令息への婚約破棄教唆の訴訟が出ているが。これはどうなる?」
「婚約破棄教唆ですって?知らないわ!それも婚約破棄をしたかったのでしょう!」
「本当はしたくなかったのに君に唆されて仕方なく、という話の裁判なのだけれどね。じゃあ、これは何だろうな。結婚を匂わせて並行して複数の貴族から金品を貢がせていたんだって?これを婚約詐欺疑惑として、複数人が共同で裁判を起こしているね」
「婚約詐欺だなんて!酷いわ!くれると言うから、貰ってあげただけじゃないの!」
夢でも見ているような気がしてきました。
三日も記憶喪失なんて、おかしいもの。
それも含めて、これは全部夢なのではないかしら。
あの可愛い従姉妹たちが婚約者や夫のいる方と親しくしていた?
そのうえ、婚約破棄の教唆?
お相手の婚約者や夫人から訴えられて謝罪と慰謝料を要求されている?
しかも複数の殿方から同時期に金品を貢がせて婚約詐欺?
夢ね。
そうよ、夢なのよ。
夢でないとおかしいわ。
叔父さまが逮捕されたというのもきっと夢なのでしょう。
私ったら、なんて夢を見ているのかしら?
「分かっていると思うけれど、逃げた君たちを捕えて、裁判に出廷させるために僕はここに来ているんだ。連行状も持っているから、君たちはもう逃げられないんだよ?」
だから最後くらいちゃんと話した方がいい。
と、ハルは言っていましたけれど。
これは夢よね?
ねぇ、夢だと言ってくれる?
思わず振り返ってジンを見詰めてしまいました。
ジンは困ったように眉を下げて微笑んだのです。




