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6.長い夜を過ごすことになりそうです


 私が安心したと言ったせいで、侯爵様はしばらくの間、不審そうに目を細めて私を見詰めていました。

 それでも相変わらず、私の手は握ったままです。

 謝罪も終わりましたし、そろそろお手を離してくださってもよろしいのでは?


 目で訴えたそれは伝わらず、侯爵様は沈黙を解いて言葉を掛けてくださいました。


「どの辺に安心したのだろうか?」


 すでに何か間違えた可能性もありましたが、それが何か分からなかった私は、素直に自身の考えを口にします。

 そこで私は、元々貴族らしく取り繕える人間ではないことを思い出しました。


 白い結婚上等、お飾りの妻らしく振舞うつもりで嫁いできたのですが。

 これは……なかなかの試練になりそうです。


「結婚相手のためにほいほいと出掛け、領地の指揮を安易に人任せにするような方ではないと分かりましたから」


 たとえば我が家のことを考えますと、弟はまだ爵位を継いではおりませんから、出掛けるときに止めることはありません。

 しかしながら当主である父が、それこそ往復で半年も掛かる距離に、単なる個人的な理由で出掛けると言い始めたら。

 えぇ、それはもう。全力で止めるでしょう。

 物理的にも、精神的にも、二度とそのような考えを持つことのないように……。


 え?いえ、令嬢ですもの。暴力的なことはいたしませんよ?

 いえ、もう夫人になったのですね。

 夫人としましても、安易な暴力に訴えるようなことは致しません。たぶん。


 という私の内心の騒がしさなど知りもしない侯爵様は、ほっとした顔をされてから、深く頷かれました。


「君ならそう言ってくれると思っていた」


 私なら?


 驚いて侯爵様を見ますと、侯爵様はまた目を細めて渋いお顔で私を観察しておりました。

 何か試されているのでしょうか?

 もしかするとお飾りの妻としての適性を確認中ですか?


 しかしお顔が近いですねぇ。

 もう少し離れませんこと?


 目で訴えてみましたけれど、またしてもこれは届きません。

 目力には自信がありましたのに、どうしてでしょう?


 領内の者でしたら、だいたいこの目で通用しました。

 従姉妹たちからはその目が怖いから辞めてと散々言われてきたくらいです。


 あれは自領にしか通用しない意思疎通の方法だったのでしょうか。


 逆にそうなると、こちらでは発言せずにどのように意思の疎通をはかっているか、知りたいですね。

 これから学べるでしょうか?


「だが、やはりよく話し合う必要があるようだ。夜は長い。今夜はとことん話を詰めていきたいが……旅の疲れはどうだろうか?」


「お気遣いは不要です。もう十分に休ませていただきましたので」


 これは本当のことです。

 侯爵領に入ってからも、この邸まで馬車で三日も掛かりましたが。


 到着してから結婚式までは完全にお客様として、先に言いました通り客間に案内されて、侍女たちからも客人としてあれこれと世話をしていただきました。


 邸に到着した日には、結婚式の準備をお手伝いしなくていいのか、ご挨拶回りなどはないか、侯爵夫人として覚えるべき仕事はあるか、といったことを確認しましたけれど。

 結婚式までは旅の疲れを癒し、磨かれておけばいいとのことでしたので、有難くそうしていたのです。


 その間、侯爵様とはほとんど会うこともなく。

 食事も客間で頂いておりました。


 お姿が一切見えないことには、不思議に感じておりましたけれど。

 おそらくは結婚までの僅かな時間、想い人と過ごされていたのではないでしょうか?


 私の方でも、客人として扱われている手前、結婚する前から侍女たちに女主人のように振る舞う気にもなれず、誰にも事情を聞かず、本当にただのんびりと過ごしていたのです。


 そんな呑気な暮らしをしていたら、それはもう身体は回復するどころか、鈍ってしまったくらいで。

 明日からどうしたらいいのかしら?と考え始めていたところです。



「では今宵はじっくりと語り合うことにしよう」


 そう言った侯爵様は廊下に出て家令を呼ぶと、彼としばらく小声で話していました。

 その家令が去っていくと、今度は侍女たちが部屋に入ってきて、新しいお茶と共に軽食や菓子を運んでくれます。


 ……広いテーブルがもの凄い勢いで埋め尽くされていきました。

 夜分に何故、これほどの食べ物を即座に持って来られるのでしょうか?


 どうやら本当に長い夜になりそうです。


 最後の晩餐……ではありませんよね?

 ちらと顔を確認したら、侯爵様と目が合ってしまいました。


 あ、やっぱり隣に座るんですね。


 ようやく解放された手を握ったり広げたりしていたら、何を想ったか、その手がまた掴まれたのです。

 もしやこれは侯爵領におけるお作法なのですか?




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