53.田舎者ですので王都での流行についていけません
怒られても仕方がないと思います。
今日はレーネにもミーネにも、はしたない姿しか見せていない気がしますもの。
隠れたくなって両手で顔を覆ったら、何故か片方が掴まりまして、顔から離されたあげくにしっかり握り締められてしまいました。
これでは一部しか隠せませんわ!
「まだまだ足りていなかったか。ミシェルが安心出来るようさらに気合を入れて頑張らないとな」
「ふぇ」
何を頑張る気か分かりませんが、その分からないものを私が遠慮したいと思っていることだけは分かりました。
遠慮をさせて?
私の顔を後ろから覗き込むように見ていたジンに目で訴えましたら。
今度こそ伝わったのかしら?
ジンはふっと笑った息を私の耳に届けたあとに、急に声色を変えたのです。
「言いたいことは山のようにあるが──これ以上、愛しい妻の前で喚かれては堪らんからな。一度は説明してやるから、よく聞いておけ」
「い、愛しいですって?そんなはずは──ひっ」
思わず急いで振り返ったのですが、ジンはにこりと微笑むだけ。
私はせっかくの機会を逃したような気がします。
だってレーネとミーネの表情が急速に凍り付いていましたもの。
これはきっと、あの鋭い目を見られるチャンスでしたのに。
しかし従姉妹たちは意外に強く。
特にミーネは眉を吊り上げ、こちらを睨んでおりました。
……不思議ですね。
そういえば従姉妹たちの目力には、憧れたことがございません。
「私の愛しい妻は、このミシェルただ一人。生涯何があってもただ一人だからな。さらに言えば、この侯爵領にも第二夫人や第三夫人を娶る習慣はないし、許されたことでもない。お前たちは何を勘違いしているか知らないが、たとえ夫人にならずとも、私はお前たちを侍女どころか、どんな形であれ我が領内で雇うつもりはない。もちろん囲ってやる気もないぞ。自分たちの身が可愛いならば、さっさと出て行くがいい」
あまり聞いたことのないジンの低い声は続きました。
こんなにも低い声が出せたのですね。
数多の声色を使い分ける、なんて素敵な技なのかしら!
お願いしたら、これも教えてくださる?
「もちろん。あとでゆっくりな」
声色はがらりと変わっていました。
本当に見事だわ。
今の声は身体の芯から甘く溶かしてしまうようで、この声に命じられたらどんな恥ずかしいことも……はっ、何を考えていたのかしら?
「うふふ、侯爵様ったら。照れていらっしゃいますのね?」
レーネの甲高い声に、私の考えは止まりました。
これまでの低い声は、照れている人から出るものかしら?
「話を聞いていなかったのか?」
「まぁ、そんな固いことを仰らないでくださいませ。王都では流行りのことですのよ?もっと気楽にお考えくださればよろしいのですわ」
流行り……とは?
何の話が始まっているのでしょうか?
「皆様、当たり前のように第二夫人、第三夫人を持っておられますの。侯爵様よりずっと低い爵位の皆様もですのよ?ですから侯爵様もどうかご安心してこれを機会に──」
第二夫人、第三夫人を持つことが流行りですって?
王都では、そんなことまで流行るものなのですね。
さすがは恋の溢れると聞く王都だわ。
こちらに来る前に、立ち寄っておいた方が良かったかしら。
王都についてはここにいる従姉妹たちから沢山話を聞いてきたけれど、今でもどんな世界か想像も出来ない場所ね。




