52.従姉妹たちの前でも夫人らしさが出せません
ジンに冷静な声で問い掛けたのはレーネです。
すっかり澄ました顔をして、姉らしく落ち着くようにと妹のミーネを窘めてもおりました。
出来れば、私にも落ち着くようにと言っていただきたいところ。
いえ、違いますね。
ジンにこそ言って欲しいところです。
ぷにぷにするのをやめてくれたと思ったら、今度は指でつんつんつんつん。
あなた一体さっきから何をしているの!
かぁっと顔が熱くなってどうしようもありませんでした。
これは恥ずかしいからです。
その指が急に止まります。
「あぁ、手紙か。届いてはいるな」
やっと恥ずかしさから解放されるとほっとしたのも束の間、今度は首筋に息が掛かって、身体がかっと熱くなりました。
せめて、せめてお隣にっ。お隣に座らせてくださいませっ。
従姉妹たちの前ですのに、これではいつも通りに振る舞えませんっ。
気にするなというように、頬を撫でられましたけれど。
そんなの無理ですっ!
「では、これからよろしくお願いいたします」
テーブルを挟んだ向かいのソファーに座っていたレーネは、急にすっと立ち上がると、頭を下げました。
隣に座っていたミーネも一緒に立ち上がって頭を下げています。
よろしく?
従姉妹たちはジンに何をよろしく願っているのかしら?
顔を上げたミーネは背筋をピンと伸ばし、顎を上げ頭を後ろに逸らしてまで、視線を下げるように私を見ていました。
幼い頃からよく見てきたお顔です。
そして驚いたことには、さっさと二人ともソファーに座り直していたのです。
よろしくと言ったあと、ジンは何も返していないのですが、その言葉を待たなくて良かったのかしら?
そういえば、おかしな状態でジンに連れられてこの部屋に入ったときも、二人はソファーに座ったまま。
それは私が学んだお作法とは違っていました。
訪問時に応接室に通されて待つことになると、必ず座って待つようにと使用人などから声を掛けられることでしょう。
そのときは座っても構わないのですが、その後に訪問先の主人やそれに準ずる人が部屋に現れたときには、立ち上がって一通りの挨拶を交わし、相手から許可を頂いてから座るように。
そのように私は学んでおりました。
ところが二人は、特別な挨拶もなく、ジンも何も言わず。
ですから、座るよう促すタイミングはありません。
というか、二人ともずっと座っておりましたからね。
これは身内だからなのかしら?
それとも──はっ。分かりましたわ!
これが最新のお作法なのね?
王都をよく知る二人ですもの。最先端のお作法に造詣があるに違いないわ。
面倒なやり取りは手間だからと、ついに省くようになったのでしょう。それは私にも有難いことね。
今度からは私も訪問先で従姉妹たちのように──。
ぐにぐにと、握られていた手の甲を親指で擦られます。
なんてことっ!
せっかくいい気付きを得た気がしましたのに。
どこかに吹き飛んでしまったではありませんか!
「わたくしたちは、必ずや、そちらの……従姉妹とは違い、侯爵様をご満足して差し上げることをお約束いたしますわ。すでに色々と問題もございましたでしょう?これからはお困りになることはございませんわ」
「そうですわ!領地しか知らないミシェルお姉さまなんかより、ずっと私たちの方が夫人として相応しく振る舞えますものね!」
どきりと胸が跳ねました。
今や記憶喪失の疑いを持つ私のどこに、夫人として相応しいと言える部分が残っているでしょうか。
従姉妹たちも母とは違いますけれど。
王都を知り貴族らしさを備えた二人の方が、侯爵夫人としてはずっとよく振舞えるのではないかしら?
それなら私は────。
「ミシェル、私が言ったことは忘れちゃった?それとも足りない?」
また背筋がぞぞっとして、「わわわ」と奇声を上げてしまったのです。
なんてことっ。ますます夫人らしさが飛びましたわ。
「そうか。足りないようだね。こんな茶番はさっさと終わらせて、早く寝室に戻るとしよう」
「はわっ」
どうなっているのでしょう?
言葉が出て来ません。
普段使わない音しか口から出て来ないのです。
なのにジンは、私の耳に息が掛かるところで、くつくつと笑っています。
ご機嫌なのはいいことですが、本当にもう離して?
「茶番ですって?」
「なによ、これ。なにを見せられているの!」
怪訝な声に不満そうな声が重なりました。
またミーネが怒り出したようです。