49.私の知らないお話です
広い窓から外光をこれでもかと取り込む明るい食堂で、初めからこの屋敷の住人であったかのように振る舞う男が一人。
透けた髪をきらきらと輝かせながら、男は席に着いたまま、優雅に食後の珈琲を味わっていた。
淡い色をした髪と目に、気品溢れる仕草、さらに後ろの大きな窓の向こうに広がる美しい庭園が背景となり、男のいる空間はさながら絵画の中のようである。
何も知らない者ならば、ほぅっと陶酔のため息を漏らしてしまうところだが。
戸口に立つもう一人の男は違った。
はぁっと気怠い息を吐き出せば、きらきらしい男の方がカップをソーサーに置いてやけに明るい笑顔を見せる。
「やぁ、久しぶりだね。まさか丸一日も放置されるとは思わなかったなぁ。この僕を待たせるなんて、君くらいなんだよ?」
嫌味たっぷりにハルが言えば。
「勝手に来たんだ。知ったことか」
それをものともせずにジンが悪態をつく。
彼らの関係は長く会わない時を幾度重ねようとも、昔から変わっていなかった。
「はは。とてもいい顔をしているなぁ。僕が来たおかげだよね?お礼なら受け取ってあげるよ?」
「恩を着せるなと言っている。頼んでもいない」
「急に強気だなぁ。僕が来なかったら、あと何年あのままだったのさ」
「そんなわけがあるか」
「昨日はそうは思えなかったけれど?君は本当に、強引なんだか、ヘタレなんだか。いや、ヘタレか。アルが発破を掛けていなければ、動けなかったんだからね」
「くっ。アルのやつも余計なことを──よりにもよってこんなやつに──」
眉間にぐっと皺を寄せ、口元を押さえてぶつぶつと言うジンに、ハルは大笑いだ。
幼少期からよく笑う男であった。
「それで何をしに来たんだ?」
「それは当然ミシェルに会いに来たんだよ」
「人の妻を呼び捨てるな」
「わー、狭量。まだ新婚でこれだなんてね。ミシェルも大変な男に捕まったなぁ」
「そ、れ、で?」
ジンはあえて声を低くして、ゆったりと聞き直した。
それだけのために、わざわざこの地まで足を運ぶほど暇ではなかろう?とその低音が語っている。
ハルは今までとは違い、含みのある顔でにやりと笑った。
だがまだ核心に触れようとしない。
「そんなことよりもさ。お祝いをたんまりと運んできたんだ。王都の菓子もあるし、ここに来るまでに立ち寄った領地の特産品も沢山持って来ているからね。ミシェルに食べさせてあげてよ?」
「視察のついでか。各地で押し付けられたものをこちらに回す気だな?」
「んー、それだけのつもりだったんだけどね。今回はメインが違う。罪人の捕縛だよ」
ジンの顔つきが急に険しく変わった。
敵を矢で射るような眼光は、無礼にも罪人ではないハルに注がれている。
弱者ならこの目に見詰められるだけでも震え上がって、聞いてもいない事情をぺらぺらと語るかもしれない。
けれどもハルは顔色ひとつ変えずに、なお笑顔を見せていた。
「──うちの領地の話なのか?」
「まもなくそうなるね」
「っ!あの二人はついにやらかしたのだな?」
「ご名答。王都でやり過ぎちゃってねぇ。方々から訴えられていて、さすがに見て見ぬ振りが出来ないことになった」
「逃げて来るというわけか」
今度のジンのため息は、侮蔑の色が濃くなっていた。




