46.お詫びをしなければなりません
「ミシェル、また何か壮大な勘違いへと発展しているようだが」
壮大な勘違いですって?
そんなことはございませんわ!
「いいえ、いいえ。お気持ちは分かっておりますとも。けれどもだからこそ言わなければならないことがございます」
「いや、きっとそれは分かっていないぞ?」
「そんなっ」
理解まで足りていないと?
熱いものが胸に込み上げてきました。
せっかく私をと望まれておりますのに、そのお望みを叶えてさしあげることが出来ません。
そのうえ、何も分かっていない夫人など……。
「あぁ、泣かないでくれ。勘違いでもなんでも良かったな。ミシェルの話は全部聞こう」
期待外れの妻となり大変申し訳なく思いますが。
言わなければ、詐欺のようなものですもの。
せっかく陛下に頼んでまで、私を望んでいただきましたのに。
自分の不甲斐なさが本当に残念で悔しくてなりません。
「母のようにはなれないのです」
私がそう言っても、ユージーン様は黙っておりました。
私は泣きながら続けます。
泣く気はなかったのですが、目から溢れるものが止められなかったからです。
「母のように……母のようになりたいと頑張ってきたのですが。私は生まれから駄目だったのです。辺境伯の娘ではありますけれど、私は、私は家の恥として──」
「──どうなっている?」
今までになく低い声に、疑いようのない怒りが滲んでいました。
そうでしょうとも。
お怒りはごもっともです。
望んだ妻が実は望んだ者ではなかったと分かったのですから。
王都に出向き、王命を覆すよう、この命を持って陛下にお願いすれば良いかしら?
小さい頃の約束を断れなかったこと、母のようになれない駄目な娘であること、そのすべてを謝りましょう。
けれども家に迷惑を掛けるわけにはいきません。
失敗すればユージーン様にもご迷惑を掛けてしまいます。
悪いのはすべて私一人であることを陛下に確実に伝えるためにも、やはり御前にてこの命を持ってして──。
「アルの奴は何をしていたんだ?」
「え?」
どうしてここでアルの名が出て来るのでしょうか?
もしや次代の辺境伯としてアルが事前に何の説明もしなかったことを怒っていらっしゃる?
大変です。それは困ります。悪いのは私なのです。
それにきっと、アルはまだ何も知りません。
「おかしいな。アルはまだあの伯を御せて──いや、だがそれは夫人が──それにしてはあの二人が──そういうことか?」
「あの?」
止まらない言葉のひとつさえ、理解することが出来ませんでした。
私に理解が足りていないことは、本当のようです。
せめて少しでも母のように振る舞えていたら、違っていたでしょうか。
大事な扇さえ失くしてしまう体たらく。
母のような夫人像から一層遠のいていることもお伝えしなくてはなりませんね。
うぅ、胸が苦しいです。
「大丈夫だ、ミシェル。その件はいつもの君の誤解だろう」
「いつもの?」
「そうだ。だが真実は、私から聞くことではないだろう。この話の続きは、あの方が到着されてからにしないか?」
いつもの誤解とは、何のことでしょうか?
それから真実とは?
ユージーン様は、いつの間にか優雅に微笑んでおりました。
それは目を細めて、細めて、頑張って顔を霞ませて見るようにすれば、かつての天使と重なる笑い方だったのです。
え?それはもはや別人ですか?
そうかもしれませんね。
それでも私は、よく知ったジンが、ユージーン様の中にちゃんと残っていたと知れるだけで、嬉しくなってしまったのです。
「安心して、ミシェル。私は全部知ったうえで君を待っていたんだ」
全部知っていた?
え?私が母のようになれないことさえ、ご存知だったのですか!
私の驚きを余所に、ユージーン様は変わらずにこにこと微笑んでおりました。
「そのうえで聞いて欲しい。ミシェル、どうか私の妻になってくれないか?」
……もう妻ではなかったのかしら?
え?もしや。
あの結婚式で教会に提出した書類は偽造でしたの!
血の気が引いていた私の手はまた捕まって、ぎゅっと握り締められているのでした。