45.お母さまはあの頃も最強でした
あまりに落ち着かなくて、冷静になるためにこれまでのことを改めて考えてみようと思います。
恥ずかしくも私は噂を信じ、ユージーン様には想い人がいて、王命で仕方なく結婚されるのだと信じていました。
だから、お飾りの妻となるべくこちらへと嫁いで来たのです。
ところがそれは、すぐにただの噂だと判明しました。
それでも王命でしたから、ユージーン様は仕方なく私と結婚されたと思っておりましたのに。
たった今、私を妻にと望んでくれていたのだと説明されましたね。
まさかお飾りの妻になると信じていた私が、妻にと望まれていただなんて。
また目元が拭われました。
ハンカチはどこに消えたのかしら?
指の腹で優しく撫でるように拭われているようですが、少しくすぐったいです。
その間も、私の目をじっと見詰めているので、やはり私は落ち着きません。
もう少し考えてみましょう。
再会してからお会いしなかった理由も分かりました。
がっかりされていたわけではなく、私と手合わせをしたかったということです。
結婚式も無事に終わり、誤解も解けましたので、これで私も正式な侯爵夫人に……。
そういえば、どうして私を妻にと望んでくださったのかしら?
侯爵様なら、お相手など領内外で選び放題だったと思うのです。
あの父でさえ、若いときはモテてモテて大変だったと言うくらいでしたから。
あの父でさえ、ですよ?
ちなみにこの話は、母がいないときにしかしてくれません。
特に私もアルも聞きたいと願ったことはありませんが、父は母がいないところでよく繰り返し話してくれました。
そういえば、途中からはアルにも語らなくなりまして、父は何故か私が一人のときにばかり、若い頃はモテたのだぞ、という話をしておりましたね。
そんなに繰り返さずとも、内容はちゃんと覚えていられるのですが。
あら、そういえば。
聞くたびに、父をお慕いしてくださった方の人数が増えておりましたねぇ。
どういうことなのかしら?
ま、そんな父のことはどうでもよくて。
ユージーン様ならば父よりもずっとおモテになることでしょう。
それこそ周りに恋が溢れている状態にあったのではないでしょうか。
風紀を自ら乱すユージーン様なんてとても想像は付きませんけれど。
つまり私を求める必要はなかったはず。
私との手合わせを望まれていたようですが。
手合わせをする相手だって、この侯爵領にいくらでもいらっしゃるかと思います。
関所の砦におられた騎士の方たちも、いい体付きをしておりましたもの。
そんなユージーン様があえて私を夫人にと望まれたとすれば。
やはり幼い頃の約束のせいでしょうか?
なんて律儀な方なのかしら。
あのとき私がはっきりとお断りしておけば……どのようにお返事したか、それは覚えてはおりません。
けれどもこのお部屋を見る通り、こんなに律儀な方なんですもの、きっと私は約束をしてしまったんだわ!
そのために王命までお願いするなんて。
さすがに律儀過ぎませんこと?
あれ以来連絡も取っていなかったのですし、こんなに遠く離れた領地にいるのですから、忘れたことにしていただいても何も問題はありませんでした。
幼い頃にした口約束のために、そこまでする必要が本当にあったのでしょうか?
それとも他に何か強い理由が……。
はっ!分かりましたよ。
ユージーン様があのジンであるならば、これはすぐに分かるべきことでした!
ユージーン様は、母のような夫人をお求めだったのですね?
そうです。これで間違いございませんわ。
ジンもあの頃、母に憧れていましたもの!
あぁ、なんだかすっきりと心が落ち着いてまいりました。
すっきりしたのはいいのですが、これはきちんと正直に私についてお伝えしなければなりません。
急に胸の奥がきゅっと締まったように苦しくなります。
せっかく動悸が落ち着いたところでしたのに、今度は息が詰まったような感じがして、また苦しいです。
じっと見詰めてくださるこの熱い瞳が、母のような夫人をお求めだったなんて。
それは熱い想いも溢れてしまいますよね。
そう思って私も瞳をじっと見ていたら、ユージーン様の瞳の熱が急激に和らいでいくように感じました。




