43.口が勝手に動きます
勝負の約束などしていたかと記憶を探っていたところ。
「その考えはひとまず横に置いておこう」
ユージーン様がそのように仰るので、私は一旦自分で考えたことを忘れておきます。
と決めましても、気になってしまいますね。
勝負していたのでしたら、私ももっと鍛錬を頑張りましたのに。
私はこう見えて、意外と負けず嫌いなのですよ。
え?意外ではない?
それはアルにもよく言われていました。
私のどの辺りに意外性がないのかしら?
ごほん、ごほんと、ユージーン様が二度も咳をなさいます。
本当に変わった癖ですね。
それでもこの方は稀に見る健康体なのです。
「あいつの……ハルの言っていたことは事実なんだ。手助けをしてくれたのは陛下であって、別にあいつに恩を感じるつもりはないが」
ハルの言葉は事実?
どの言葉の話でしょう。
恩……恩に着せるなと仰られていましたね。
えぇと、その前にハルは何を……。
誰のおかげで私が手に入ったかとハルがユージーン様に問うておりました。
つまり……?
「有難いことに褒賞を頂く話があってな。何が良いかと問われたから、此度の王命を頂くように頼んでしまった」
王命を頼んだ?
え?王命って陛下に頼めるものだったのですか?
それも褒賞として?
その王命が…………私との結婚?
「君と──ミシェルとどうしても結婚したかったんだ。こうでもしないと、伯は絶対に君を手放してはくれぬと思ってな。昔からどうしても欲しいなら正当な手段で奪ってみせよと言っておられたし」
息を呑んでしまいました。
呼吸が止まって苦しくなっていたら、驚いたユージーン様が私の背中を撫でて「落ち着いて、息を吐いて吸え」と言ってくださいます。
すーはーと繰り返し息を整え、落ち着いたところで、ユージーン様のお顔を見ました。
いえ、心臓はまったく落ち着いてはおりませんでしたけれど。
収まるまで待てなかったのです。
「あのときに、あの部屋でしたお約束を守ろうとしてくださったのですね?」
「っ!──覚えていてくれたのか」
「記憶力だけはあるので」
ふわっと軽い笑みが零れました。
なんだか胸がじんわりと熱くなっていきます。
さらに心臓がどくどくと激しく脈打って、その激しさが止まらなくなりました。
稀に見る健康体は本当にどこへ行ってしまったのでしょうか?
今朝言っていただいたばかりですのに。
「はじめに言っておけばよかったな。あぁ、すまない。私が臆病だったあまりに」
臆病?
大変です。
また分からない話になっています。
聞き流すことなく、しっかり聞いておかなければ。
「君が全部忘れてしまっていると知ることが怖かったんだ。それで──遠回しに確認したく、昔話を聞き出すようなことをしていた」
そのための昔話だったのですか!
私はただお互いを早く知るために、幼い頃の話を共有しているのだと思っていました。
そういえば……お話の内容に共通点が多いなぁと思っていたのです。
こちらの領地にも、同じ花が咲いているみたいね。
とてもよく似た構造の騎士団の訓練場があるみたいだわ。
といったように。
「それで、このお部屋を?」
「気持ち悪くなかったか?」
聞いた答えではなく、ユージーン様からはそのように返ってきました。
私はどうしてここに来てからというもの、何度も気持ち悪くないかと問われているのでしょうか?
私が首を振りますと、ユージーン様はまた柔らかく微笑んでくださいました。
こういう笑顔になると、かつての面影が強まっていたのですね。
でももう可憐な天使とはいきません。
目を凝らして比較でもしなければ、その面影もすぐに見えなくなってしまうものでしたから、いまだにどこか、信じられない気持ちです。
「むしろこのお部屋が嬉しくて──」
あら?
また視界不良に……。
「あぁ、すまない。泣かせる気はなくてだな」
目が壊れてしまったのでしょうか?
自分でもどうして泣いているかが分かりません。
すでに何を考えているかもよく分からなくなっていました。
頭の中に白く靄が掛かっているみたい。
それなのに言葉は勝手に口から出ていきます。
「本当に、本当にユージーン様が、あのジンなのでしたら……どうしてですの?」
責める気持ちなどひとつもないのに、語気を強めてしまいました。
そして私の口はまだ止まってくれません。
「事前に教えてくださらなかったのはどうして?」
文を出す時間くらいはありました。
王命があってからも、一往復くらいなら余裕で出来たはずです。
でも、それよりも。
「お会いしてからも、距離を取っていましたよね?それはどうして?」
その理由が結婚したくなかったせいではないとしたら。
あの関所で久しぶりに再会した私にがっかりしたということですね?
私は結局、お飾りの妻にもなれませんか?




