42.知らないうちに競い合っていたようです
気を遣ってくれたようで、ハルが部屋を出ていきました。
ユージーン様のお部屋でゆっくりしておくから気にするなと言っておりましたけれど、ユージーン様はすかさず、客間に案内しろとタナトスに伝えておりましたね。
そのうえ、私が使っていたところとは別の客間にするように!と付け加えておりました。
どの客間でも問題ない気が……あぁ、分かりましたよ。
ハルが引き連れているこの人数。
私の部屋には入らずに廊下でずっと待機しておりました彼らは、ハルの護衛なのでしょう。
ハルはきっと位の高い貴族家の子息だったのですね。
つまり私のような者が使った客間よりもさらに素晴らしい客間が、このお屋敷のどこかに存在しているということかと思います。
使わせていただいたあの客間も素晴らしいお部屋でしたが、あれ以上とは。
このお屋敷にはまだまだ秘密の場所が沢山ありそうです。
ぞろぞろと遠ざかる足音を確認するに、ハルたち一向はその客間に向かったようでした。
ユージーン様がほっとしたように息を吐いておられます。
まだジンと呼ぶ勇気はありません。
だって記憶の中のジンとは違い過ぎますもの。
「取り乱して申し訳ありません」
「いや、こちらこそ悪かった。まずは座ろうか」
ぐすっと鼻を鳴らしてしまいました。
どうして泣いているのか、自分でも分かりません。
夫人らしくが、どこかに吹っ飛んでしまいました。
驚き過ぎたせいかしら?
そうして当たり前のように手を引かれソファーに並び座りますと、マリーがラベンダーのそれなりに香るミルクティーを用意してくれました。
今日はもう飲めないのかと思っていたので、嬉しいです。
それから侍女たちが全員部屋を出て行きます。
最後にシシィが「期待しておりますね」と言い残して。
何を期待されているのかしら?
もしや、侯爵夫人の適性試験の最後通告ですか……?
夫人として採用不可となりましたら、お願いして侍女に再就職させていただけるかしら?
出来ればシシィの元で修業したいわ。
ユージーン様がごほんと咳をなさいました。
「落ち着いたな?」
どこからかハンカチを出して、ユージーン様が私の目の周りを拭ってくれます。
さすが、お貴族様ですね。
いつでもハンカチを……今日の私は持っていませんでした。貴族として反省しなければ。
「重ね重ね本当に申し訳ありません」
「ミシェルは何も悪くないぞ。むしろ謝るのはこちらの方だ。すぐに言えなくて申し訳なかった」
何故言ってくださらなかったのか、それは気になります。
けれども気付かなかった私も悪いと思うのです。
記憶の中のジンとは違い過ぎますけれど。
あまりに変貌されていて、まだ信じられない気持ちでおりますけれど。
ですから改めて確認してもよろしいですか?
「本当に?本当にあのジンですか?」
瞳の色は確かに同じです。髪色も一緒。
お顔に面影も……なくはありません。
でもやはり違います。
あの可憐なお姫さま……いえ、ジンは確かに男の子でしたけれど、そう形容したくなる天使はどこへ消えてしまったのかしら?
こんなに逞しい殿方になるなんて、当時は想像したこともありません。
ジンは麗しい王子様のように成長していくものだと信じていました。
「あの頃は子どもだったのだ。それにこちらに戻ってからも、うんと鍛えたからな」
「まぁ、鍛錬を続けて?」
確かに素敵な体つきをしていることは、服の上からでも分かりました。
故郷の騎士団長にも匹敵する、使える筋肉によく守られた身体はうっとりと見惚れるくらいです。
「君には負けていられないと思ってな──ミシェル。卑怯な真似をしてすまなかった」
卑怯?
どの辺りが卑怯なのかしら?
鍛え続けていることは、素晴らしいことだと思います。
そこからどこがどうなって卑怯に……。
はっ。そういうことね。
こっそり鍛錬を続け、出し抜いてごめんなさい、と。
……いつの間に私たちは勝負をしていたのでしょうか?




