41.記憶の中の人と違い過ぎますっ
辺境の地であるからか、それともこの国で最も隣国との諍いが起きやすい地理上の問題か。
貴族の子女の教育において「辺境に飛ばしてしまうぞ」というのは、よく使われている脅しだと従姉妹たちから聞いておりました。
そして実際、どこぞの貴族の令息様がその身を鍛えるために領地へと来ていたのです。
それも私の物心ついたときから数えても、両手では足りない人数でした。
鍛えるために辺境の地へと送られた彼らは、家名を名乗りませんし、私から聞いたこともございません。
父だけは彼らの素性をよく知っていたのでしょうけれど。
彼らは領内の騎士見習いたちと同じ扱いをされることになっていました。
そんなときに家名など名乗られても邪魔なだけです。
あぁ、二人ほど、騎士団の訓練場で早々に家名を名乗り、騎士たちによってどこかへ連れ去られていった令息様もございました。
その日の行方は私も知りませんが、翌日からの彼らはとてもおとなしく訓練に参加していたことを覚えています。
では何故、名乗らずともに貴族の令息様だと分かるかといえば。
身なりは当然ながら、所作がとても美しいのです。
私も彼らのように、他の領地にお忍びでお邪魔をしたときには、貴族の子として分かって貰えるのかしら?
急にそれが気になった私は、そのとき側にいた侍女に聞きましたところ、「ではお稽古しましょうね」とお部屋に戻されることになりまして、二度と彼女たちの前で同じ言葉を零してはおりません。
あのときは、やっと私に令嬢らしさが芽生えたと母が張り切ってしまいまして、大変でしたねぇ。
忘れておきましょう。
こうして遠くの地から誰かがやって来るたびに、私は必ず彼らと顔を合わせることになりました。
彼らの前でいつもの鍛錬をするように、と父から言われたからです。
それが彼らの慢心しきった心の基礎を砕く一番手っ取り早い方法だ、ということなのですが。
父もよく分からないことを言っていたものですね。
ハルもそのうちの一人でした。
そして今、話題に出たジンもまた、辺境の地へと送り込まれた令息様の一人だったのです。
二人の滞在期間は幾月か重なっておりましたね。
そういえば二人とも、すぐに領地にお帰りになられる令息様も多い中で、かなり長く領地に留まっておりました。
「あー、そういうこと。あはは。それはそれでおかしいな」
懐かしく思い出していたら、ハルがまた笑い始めます。
先ほどの驚きはなんだったのかしら?
「──何故だ?」
どうやらユージーン様は、まだ驚いていらっしゃるようです。
「君はあれだよ、変わり過ぎたんだろうね」
「お前だって変わっていよう!」
「ん-、ミシェル。どうして僕だってすぐに分かったの?」
「瞳の色が変わらなかったので」
「それは私だって──何故だ?」
「あー、これね、珍しい色だもんね」
ハルは納得した顔でうんうんと頷きました。
そうでしょう。その美しい目をまだ他には見たことがございません。
陽の光の元で見れば、なお美しく輝いていたことを覚えています。
まるで太陽を集め小さくし二つ並べたような。
「おぉ。聞いた、ジン?僕の目は美しいってさ」
あら?
声に出したつもりはありませんでしたけれど。
「ねぇ、ジン。聞いているかぁ?」
……え?
今、なんと?
ハルが私を見ながら、にやにやと私を揶揄する顔で笑っていました。
こんな顔も、昔はよく見ていたことを思い出します。
という話ではなく──。
今、ジンと呼びましたか?
「そうだよ。こいつはこう見えて、あのときのジンなんだよ、ミシェル」
あのときの──。
あのころの──?
「えぇえ!!!!!」
はしたなくも、私は夫人らしからず叫んでしまったのです。
でも、今や夫人らしくどころではありません。
だって、あのジンですか?
えぇ、だって動きが……いえ、見た目もそうです。
あんなに小さくて可憐で。
天使のように可愛らしくて。
野に咲く小花が風に揺れるよう繊細な所作をして。
歩くときも美しい蝶が舞うように。
最初は珍しく女の子がやって来たのだと思い、友人になりたくて、なりたくて、なりたくて。
近付いておそるおそる声を掛けたら、最初は笑顔を見せてくれていたのに、すぐに違うと泣かれ……。
えぇえええ!!!!
大絶叫のあと。
私のお部屋には、しばらく一人の笑い声が響いていました。
途中から、ひぃひぃと息も絶え絶え、苦しそうにしていましたけれど。
ハルもまた身体は大丈夫なのかしら?
いえ、私も大丈夫かしらね?
まだ心臓がバクバクとしています。
稀に見る健康体のはずですのに。
あぁ、どうしましょう。
ユージーン様のお顔が、いえ、ジンのお顔が、怖くて確認出来ません。
今まで気が付かなかったなんて、私は多大なる失礼を──?
それにこのお部屋。
このお部屋は──。
あら?
どうして目のまえが霞んで見えるのかしら?
稀に見る健康体はどこに?
「──っ!ミシェル!」
身構える余裕もなく、私の身体は温かいものに包まれておりました。