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28.想像していた怪物とは違いました


 さっそく連れて来ていただいた厨房で、まさか落ち込むことになるとは思いませんでした。


「小さい……」


 蛸とは、とてつもなく大きな存在だと信じていたのです。

 それはもう、人を丸飲み出来るくらいの。

 あの絵本にだってそのように描かれておりました。


 そして幼い日の私は、その絵本を何度も開いては、海で巨大な蛸と戦う日が来ることを夢見ていたのです。


 むしろ今さっきまで夢に描いていたかもしれません。


 侯爵領には海があると聞いてからというもの、この地で私は不要と切り捨てられましたら、どうにか生きながらえて海を拠点に戦う道を模索してもよろしいかと考えたこともございます。


 それが……。


 まさかこんなに小さな生き物だったなんて。

 絵の通り足は沢山ありますけれど。小さいっ。小さ過ぎます。


「こう見えて意外とこいつは強いのだぞ?」


 なんですと!

 本当ですか?


「あぁ、この吸盤でどこにでもくっついてくるし、この骨のない手足で身体に巻き付いたら離れないんだ」


 この小さな物体がくっついて巻き付く……それは本当に強いのですか?


「それだけではないぞ。さらに黒い墨を吐くんだ」


「まぁ。それはまさか……」


 猛毒ですか?


「すまない、毒ではないな。だが海水の中だろう?視界不良は困った事態を招く」


 水中における戦い……。

 想像が付きませんね。


「今度釣りにでも行くか?」


「釣りとは、あの釣りですの?」


 他にどの釣りがあるのだと厨房の誰かがぼそりと零した声は聞こえていましたけれど。

 残念ながら私も他にどの釣りがあるかは知りません。知らないからこそお聞きしたのです。


 ユージーン様はすぐに笑顔になって、「あぁ、その釣りだ。君が釣りをしたければ船を出そう」と言ってくれました。


「したいです!是非!是非!」


 つい勢い余って叫んでいました。

 私としましたことが。


 ひゅいと手が伸びてきて、身構えはしましたが、手首を掴んだり捻ったりはせずに耐えられたのです。

 これは訓練の結果だと思うのですが、我慢出来て凄いと褒めてくれる人がここには居ませんでした。


 ですが私の頭に何があるのでしょう?


「それでいい。いつも通り話してくれ」


 どうやら頭を撫でられているみたいです。

 メグが神の手のごとく見事に仕上げた髪型を崩さないように気を付けて、そっと抑えてくれているようですね。


 もしかしてせっかくメグが作ってくれた、神秘的なあの髪型が乱れてしまったのでしょうか?


 見えない手があと十本くらいあるのではないかしら?と本気で考えてしまうほどに、メグのそれは見事な腕前でした。

 合わせ鏡で後頭部を見せていただいたのですが、まぁ、驚きでしたよ。

 編み込んだ髪が美しい模様を描いていたのです。

 あの短い時間に何がどうなってこうなったのか、私にはさっぱりと分かりませんでした。


「ふっ……休暇を増やして、泊まりで行ってもいいな」


「海は遠いのですか?」


「ここからは少し距離があるから、日帰りでは遊び足りんだろう。あちらにも館はあるし、数日ゆっくり過ごせるよう調整しておく」


「あの、無理にとは言いませんし、お仕事があるのでしたら──」


「いや、砦の視察と合わせれば休暇にも正当な理由が出来る」


「まぁ!」


 海にも砦が!

 それは是非とも見せていただきたいものですね。


「海には軍船も並んでいるし、海の騎士が沢山いるぞ。彼らにも会うか?」


「是非とも!!!」


 お手合わせを!という言葉は呑み込めました。


 けれども前のめりになってしまった私を見て、ユージーン様はぶはっと息を吐いて笑います。

 それから「変わらないなぁ」と言われたのです。


「え?」


「いや──うん。そうだな。まずは近場から。三日は邸でのんびりして、その後は私と一緒にあちこちを視察して回ることにしよう」


「視察に同行させていただけるのですか?」


「問題ない。君が領地を知ることは大事だからな」


 それはとても夫人らしいですね。

 ここでは私も母のようになれるかもしれません。


「ふっ。楽しみだな」


「はい!」


 わくわくしてきました。

 この結婚生活、頑張れそうな気がしています。


「──そうだな。うん、そうだ。ゆっくりと」


「え?」


「なんでもない。ミシェルにはこれからゆっくりと、この地を知って貰えると嬉しい」


 また頭を撫でられました。

 子ども扱いされている気分ですが……不快ではないのでじっとしておきます。


 これもまたお作法かしら?




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