21.お飾りの妻としても頑張れます
心を改めまして、侯爵家について考えてみます。
さすがは侯爵家。使用人の数も多く、私の専属でない侍女も沢山働いているそうです。
近付くことが出来たときにはさっと名前を確認しているのですが。
早く全員を把握したいものですね。
人の把握は、守りの鉄則。
配下にいる者を知らなければ、有事の際に何が起きても責任が取れません。
これは父も母も褒めてくれていたのですが。
私は自分以外に対する記憶力だけはいいのです。
ただその記憶を母やアルのように戦略的に使うことが出来ないだけで……自分で説明すると悲しくなってしまいますね。
アルが「姉さまはそれでいいんだ。苦手なことは私に任せて」とよく言っていましたけれど。姉としては不甲斐ない。
それにこちらに来てからもう何度もお食事を頂いています。
いち早く厨房にはご挨拶にいかねばと考えておりました。
食事は特に大切です。
何かあったときに食事さえあれば、それがまた日常と同じものであればあるほど、安心して戦えるようになりますからね。
日々の食事は身体を作っていますし、侯爵様も仰っていましたが、精神面でも食欲を満たすことが重要な役割を担っています。
だからそれを作る人たちには、真っ先に感謝と敬意を。
これも自領での考え方ですが、私はどこであってもこの考えは捨てたくありません。
けれども嫁いだとはいえ、余所から来たばかりの身ですし。
勝手をしてはよくありませんので、機を待っておりました。
いよいよ夫人になりましたし、そろそろいい頃合いなのではないでしょうか。
全体を把握したあとに、侍女たちの配置について意見をしたら、嫌がられるかしら?
どう考えても五人は多いし、優秀な彼女たちに私の世話だけをさせるなんて勿体ないことです。
苦手ですが戦略を練らねば。
「ご領地でも奥さま付きの侍女殿が複数名いたように聞いておりますが」
やはり有能ですね。
特にこのシシィ。さすがは侍女のまとめ役だと感心します。
「そうですね。専属と言える侍女は三名おりました」
ですが、休暇も多くあるうえ、午前、午後でも入れ変わります。
我が領では継続して働く時間にも一家言あって、集中力が続く時間を効力して、個人が働く時間を調整していたのです。
だから、いつも側に居た侍女は一人くらいで。
もちろん全員揃うときはありましたけれど、だいたい一人で。
そういうことで、朝から五人も側にいるこの状況は、私にとっては異常事態だったのです。
「辺境伯夫人、奥様のお母さまはどうでしたか?」
それを言われては、反論出来なくなります。
確かに母の侍女は多かったです。
教育も兼ねて、新人の侍女も皆一度は母付きの侍女になっていましたし。
色んな人の意見を耳に入れたいからと、入れ替わりも多い中で……確かずっと変わらない専属侍女は六名でした。
彼女たちは母と一緒に書類仕事もばりばりこなす、優秀な侍女たちだったのです。
書類仕事……。
「奥様、ご安心くださいませ。後ほど旦那様からご説明もあるかと思いますが、こちらには専属の文官を雇っておりまして、書類仕事で奥様の手を煩わせることにはなりません」
それはとても有難いことですが。
もしかして夫人には一切の権限がないということでしょうか?
つまり私は当初の予定通りお飾りの妻に徹すればよろしいと。
「サインする書類がまったくないわけではございませんが、その場合には必ず旦那様が仔細ご説明くださいますので。奥様一人で抱えるような書類のお仕事はありません」
それは安心ですね。
いつも書類の束に囲まれていたアルに手伝うと申し出ても、「姉さまはそこにいてくれるだけでいい」と言う優しい子だったので。
それでも、私も手伝ってはいたのですよ?「この書類を覚えておいて」という形で渡されて。その後に「この書類と違ったところは?」と聞いてくれたのです。
それで「助かった」と言っていましたから、きっと役には立てていたと思うのですが。
そういうお仕事はここではないでしょうか?
あるいは騎士団の方で……いえ、ここでは夫人らしく。母のようにありましょう。
何にもお役に立てないのであれば、せめてお飾りの妻として完璧に……。
小さい頃は母のようになりたかったです。
アルが成長していくと、私も自領のためになる子どもになりたかった。
けれども私は最初から足りない子どもだったようで。
だからせめて有事となれば戦って領地に貢献しようと考えておりました。
人生は何が起こるか分からないものですね。
ある日急に結婚というお役目をいただけるとは。そこに王命が引っ付いているなんて最高です。
そうそう、結婚といえば。
従姉妹たちのことをまた思い出します。