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17.大事な扇が見付かりません


 それは出立の数日前のことでした。


 二人だけで話がしたいと珍しく父が私の部屋に顔を覗かせまして。

 恥ずかしながら私は、遠くの地へ嫁ぐ私に最後に何か言葉を掛けてくださるのでしょうと期待していたのですが。

 娘の結婚前に父親が涙を誘う温かい言葉を掛ける、そういう小説を読んだことがあったのです。


「あれは我が領だけで通じる夫人の姿であって、他家ではそうではないからな」


 父の話は、貴族の夫人についてでした。

 このとき私が少々がっかりしていたのは内緒です。


「出来ぬことをしようと思うなよ」


 父はそう言っていました。


 ついでに「それはどちらかと言えばアルの方が適任」「我が領の次代は安泰か」「よくぞ受け継いでくれたとは思えどももう少し私への態度を軟化してくれぬものだろうか」と何かぶつぶつと話が続いていましたけれど。


 完全に父のそれは独り言だったので、途中から流してしまいました。

 物語の感動を現実に求めてはいけませんね。

 ちなみにアルとは、弟の愛称です。


「私たち、奥様には心から感謝しているんですよ」


「え?」


 髪を梳いてくれていた侍女のメグが、急に感謝の言葉を口にしました。

 そこで思い出したアルの顔は、そっと心の奥に仕舞っておきます。


 元気にしているでしょうか。

 姉として心配になりますが、こちらも出立前に「私の方が心配だよ」と言われていたのでした。

 

 体力があるから長旅は問題ないし、どこでも寝られて何でも食べられる方だから、遠くの地でも何の心配もないと伝えましたのに。

 その後に頭を抱えながら「そうではない。そういうところだ」と言っていたのは、何だったのでしょうね?


 アルもときどき分からないことを言う子でした。

 それで私が困っていると侍女たちがさっとその場を上手いこと取り成してくれていたのです。



 けれども私はこちらの侍女たちにそれを願ってはいません。

 お飾りだろうと、白い結婚だろうと、結婚するからには立派な夫人になれるよう努めねばと思い、嫁いできましたから。

 

 目指すは、母のような当主夫人!

 母ならば、扇ひとつで場を取り成してみせるでしょう。


 私の最終目標はそこです。


 侯爵様は元より、早く侍女たちにも認めて貰えるよう、母を目指して精進しますとも。



 はっ!

 今度は母から掛けられた言葉を思い出しました。


 母は私の結婚が決まるずっと以前から「あなたには無理よ、他を目指しなさい」と言っていたのです。


 そういえば母は、他の人には何も言わないのに、私にはお小言を含めて沢山話しておりましたね。

 その方が早いし正確だからって言っていましたけれど、あれも何だったのでしょうか?


 とにかく私には無理と……いけません。努力する前から諦めるだなんて。

 私は母のような夫人になってみせますとも!


 母もよく「出来ぬ言い訳は要らない。まずやれ」と言っていましたものね。



「断らずに旦那様の元へと嫁いできてくださって、本当にありがとうございます。王命でも無理ではないかと、私たちもずっと心配していたんです」


 心で気張っていたら、メグには不思議なことを言われていました。

 そこへさらに、爪を磨いてくれていたエレナが言葉を重ねます。磨き甲斐があるとかで、毎日何か塗り込んではせっせと磨いてくれるのです。


「そうですよ。よくぞ、お断りにならず旦那様のところに嫁いできてくださいました。本当にありがとうございます」


 皆が一度手を止めて口々にお礼を伝えてくれたのですが。

 いえ、そんな。お礼なんて。


「私への感謝は要りません。王命による政略結婚なのですから」


 私が感謝される立場なら、私たちもまた侯爵様に感謝しなければなりません。


 よく知らぬ遠くの貴族の令嬢なんて妻にしたくなかったでしょうに、そのうえ妙な噂話もありました。

 それでも王命を正しく履行してくださって、おかげで王家や他家に対し我が家が悪い印象を与えることもありません。

 お互いさまと言えばそうですが、私もまたこの結婚に感謝しているのです。



 あら?


 示し合わせたように、侍女たちの動きがぴたと止まっていました。



 何か集まる視線が痛いのですが。

 私はまたしても失言をしてしまったでしょうか?


 うぅ……いままでの侍女たちとまだ勝手が違いますね。

 いえ、違いました。ここでは夫人らしい付き合いを……扇、そう、扇です。

 その扇がないのです。


 確かに荷物に入れておいたはずですのに、こちらに着いてから荷をひっくり返して探しても見つかりませんでした。


 母の沢山ある予備の扇をお願いしてひとつ貰ってきたのです。

 もっと他に欲しいと強請るものがあるだろうと母は怪訝な顔をしておりましたが、私は扇を求めました。


 旅の途中に開けない荷として運んでいましたから、どこかで落としたとも考えにくく。

 必ず荷の中にあると思ったのですが、一体どこに消えたというのでしょうか?


 新しく送って貰うには、また何か月も掛けなければなりません。

 お願いの手紙から始まって……急ぎではない話ですし一年くらい掛かるでしょうか。


 せめて扇があれば、形だけでも母に近付けましたのに。





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