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いじわる彼氏・いたずら彼女

作者: シャブラン

 


 ―――--プルルルル…プルルルル…


 スマホの着信音が鳴り響く。

 雪乃(ゆきの)はこの1時間で何度ついたかわからないため息をもう一度つきながら電話に出た。


「待ってたよ、直哉(なおや)。……あのさ、遅くない?」

「悪い悪い!仕事が長引いちゃってさ!あとちょっとで着くから」


 そう謝る直哉の声は軽かった。


「そんなのいつものことじゃない。仕事じゃなくても、あなたが時間通りに来たことないでしょ」

「俺は時間に縛られないで生きてるんだよ」

「『束縛は大っ嫌いだ』って付き合う前に宣言したくらいの人だもんね」

「束縛せずとも、お互いに信じ合う気持ちが大事なんだよ」

「そりゃ信じてるけど……裏切ったらどうなるかわからないよ」


 雪乃の声のトーンが一段と下がり、背筋に冷たさを感じるくらいだ。


「おー怖。刺されないように気を付けないとw」


 そんなトーンにはたして気づいたのか気づいていないのか、直哉は笑いながら答えたのであった。


「刺されるようなことをしたほうが悪いでしょ」

「あの俺が、ちゃんと女遊び断ってお前一筋なんだ。ちょっとは信じろ」

「ちゃんと信じてるよ。バカ……」


 雪乃はまたため息をついた。しかし、そのため息はさっきまでのため息と違って幾分かの暖かさがこもっていた。


 ―――--プーッ!プーーッ!!


 窓の外からクラクションの音が聞こえた。


「ほら、着いたぞ。早く降りてこい」


 直哉にそう言われ、雪乃は窓を開けてベランダに出た。冬の訪れを感じさせる肌寒い秋口の風が吹いている。雪乃はぶるっと体を一瞬震わせたが、身を乗り出して外を見た。そこには街灯の薄明りでもすぐにわかるくらい派手な、赤い乗用車が止まっていた


「あ、ほんとだ!今行くよ。…あ、ねぇ!そのままブレーキ5回踏んでよ」

「は?なんで?」

「いーいーかーら!早く」

「わかったよ。……………これでいいか?」

「うん!よろしい!じゃあ、すぐ行くね!」


 雪乃はJ-POPをほとんど聞かない直哉に、その意味が伝わらないことはわかっていたが、自分のささやかな夢が1つ叶ったことに満足気な笑みを浮かべた。電話を切ると、寒さから逃げるように部屋に舞い戻って、急いで残りの準備を始めたのだった。



「お待たせー!」

「おっせぇ。お前のすぐ行くってのは10分もかかんのかよ」

「女の子にはいろいろ準備が必要なんです」

「女の子って、もうそんな年齢じゃないだろ。痛いぞ」

「うるさい。ほんと口悪いんだからもう…」


 直哉は呆れたようにため息をつきながら、抑えきれない愚痴がこぼれる。だが、雪乃はいつものことだとばかりにいなしていた。

 雪乃がシートベルトを着けたことを確認すると、直哉は緩やかに車を走り出し始めた。


「ねぇねぇ、ドライブ行くとは聞いたけど、どこ行くの?」

「あーまぁ……着いてからのお楽しみだ。そんなに遠くない」

「でも、どうしたの?いきなりドライブなんて。デートすらめったに誘ってこないのに」

「そんな気分だったんだよ!悪いか!」


 デートに誘うのもいつも雪乃。デートのプランを考えるのもいつも雪乃。直哉からのデートのお誘いなんて、付き合いだしてから片手で数えるのも簡単なくらい。そんな直哉が珍しく誘ってきたのだから、雪乃が何か疑うのも当然なのかもしれなかった。


「悪くはないけど……ねぇ何か隠してる?」

「なんも隠してねーよ!いきなり何言ってんだよ」

「だって、いつもよりちょっとそわそわしてない?緊張してるというか?」

「バカ。んなことねーよ。黙って座ってろ」

「…はーい」


 きっと直哉にこれ以上何を言っても認めないだろうと黙る雪乃。だが、雪乃にはわかっていた。さっきから赤信号の度に、ハンドルを指でトントンとする仕草。いつもよりも早いペースで吸ってるたばこ。いつもはダボっとした楽な服ばかりなのに、今日はいつもより気合が入っている直哉の服装。直哉が何を言おうと言わなかろうと、雪乃には隠し事をしていることなんてお見通しなのであった。


 30分くらい車を走らせた。近くの山を少し上ってきたのだろう、辺りに建物はなくなり、自然に囲まれている高台が直哉の目的地だった。

 車のドアを開けて、2人が外に出る。平地とそんなに気温は変わらないくらいの標高のはずだが、うっそうと生える木々の間を通ってきた風は、都会と違った湿った質感をともって2人に吹いてきている。どちらからともなく手をつなぎ、直哉に先導されながら歩き出した。

 5分ほど歩いただろうか。景色がぱっと開けて、住んでいる街を一望できる展望スポットにたどり着いた。

 いきなりのことで驚く雪乃だったが、綺麗な景色にテンションは急上昇した。


「うわー!すごく綺麗!こんな近くに素敵な夜景スポットあったなんて知らなかった」

「だろ。この前仕事で回ってたときに、夜になったら絶対綺麗だろうなって思ってたんだよ」

「ほかに誰もいないし、穴場スポットだね。よくできました。褒めてつかわす!」

「なんだその言い方は。なんかうれしくねぇな」

「ほんとにうれしいよ!私のために考えてくれてたんでしょ。ほんとにうれしい!」

「ん……むぅ……」


 雪乃が心からの感謝を伝えると、照れながら言葉に詰まる直哉。そんな直哉を愛おしく見つめる雪乃であったが、直哉は視線をそらして決して目を合わせてくれなかった。


「あ、あそこにベンチあるよ。いこいこ!」

「おい!暗いんだから気をつけろって!」


 雪乃は少し赤くなった直哉の手を引き、丸太を組んで作ったであろうベンチへ向かう。街の景色を一望できるそのベンチは、この展望スポットの中でも一番の場所だった。


「うわぁ!ほんとに綺麗!私たちのおうちはあそこらへんかな?」

「ああ」

「あ、あそこ!ほら!あのちっちゃな遊園地だよ!カラフルで綺麗!」

「そーだな」

「あそこは川だから明かりがないのか。形がくっきりわかるね」

「だな」


 いつもは見れない光で彩られた景色に感動している雪乃と対照的に、応える直哉の口数は少ない。どことなく心ここにあらずといった直哉に、雪乃は不満気な表情を浮かべる。


「…むぅ……ねぇねぇ」


 声をかけながら、直哉の肩をたたく。


「ん?…っておい、なんだこの指は」


 人差し指を伸ばしていた雪乃。その指が向かう先は、振り向いた直哉の柔らかい頬っぺた。つつかれた直哉はいきなりのことにポカンとしたが、すぐにやられた悔しさと恥ずかしさがないまぜになった表情へと変わった。


「やーいひっかかった!私の話をちゃんと聞かないからだよ!ほっぺはやわらかいねぇ!えいえい!!」


 雪乃はここぞとばかりに直哉の頬っぺたを何度もつつく。


「やめろまじ!」

「どうしたのほんと。運転してたときから上の空だけど」

「別になんでもねーよ。ほら、せっかくだし、夜景見るぞ」

「え……うん……」


 いつもなら怒り出す直哉が、今日は静かだった。いつもとの違いに若干の戸惑いを覚えながらも、雪乃は言われた通りに一緒に夜景を見るのであった。


「なぁ……雪乃……」


 直哉はそう言いながら夜景を見る雪乃の肩をたたく。


「へへんだ!そんなのひっかからないよ。私にやられたのが悔しいからって」


 すぐに仕返しをしてくる直哉の可愛さに内心で身もだえしながらも、負けず嫌いからか視線を目の前からそらさない。


「なぁ……」


 直哉はそう言いながら夜景を見る雪乃の肩を、もう一度、たたいた。


「なによもう……仕方ないからひっかかってあげ……って、んんっ!」




 瞬間、世界が止まった。否、世界を止めたのだった。


 あれだけ吹いていた秋風もぴたりと止み、辺り一面が静寂に包まれた。


 雪乃が振り向いた先にあったのは、指ではなく直哉の唇。


 体感では長いようで、でも実際には短いような、そんな時間が2人の間に流れた。





「……いきなりキスとか、ずるくない」

「なんだよ、うれしくねーのかよ」

「そりゃあ、うれしい、けど……」


 いきなりのことで動揺が隠せない雪乃。心臓の音がうるさすぎて、直哉に聞こえてしまわないか心配になるくらい。いきなり静かになった世界が恨めしいほどだ。


「ほら、、、まぁなんだ、今日で1年だからな」

「?!……なんだ、ちゃんと覚えてたの」

「記念日忘れたら別れる、って言ったの誰だよ」

「えー、そんなこと言ったっけー?」

「お前な……。まぁいい。おい、手出せ」

「え?!……これって」


 そう言って直哉が取り出したのは、見れば誰もがすぐに、中に何が入っているかわかる小さな四角いケース。開けて取り出した銀色のリングは、薄暗い月明かりの中でもはっきりとわかる輝きを放っていた。


「サイズは……合うな。よし。」

「……指輪って、今まで何度言っても買ってくれなかったのに」

「うるさい。もうお前は俺のもんなんだよ。絶対指輪外すんじゃねーぞ」

「はい、わかりました。あなたも外しちゃだめだからね」


 照れくさく言う直哉だったが、それ以上に照れてしまった雪乃は自分自身のことで精一杯だった。

 示し合わせたかのように、2人は同時に言葉を止めた。今の気持ちを精一杯噛みしめる2人の間に、居心地が良い沈黙が流れる。


「ったく……がらじゃねぇ」

「1年の記念日で、いい雰囲気のところで、ちゃんと指輪プレゼントしようって、ずっと考えてくれてたんだ。だから緊張してたのね」

「うるせー…」

「そういうところもかわいいんだからもう」

「うるさいって!ほら!もう行くぞ」


 ここぞとばかりに直哉をからかうだけからかった雪乃。からかわれた直哉も恥ずかしさで身を焼かれるような感覚になりながらも、どこかまんざらでもないと言った感じだった。目的も達成できた直哉は、流石に寒くなってきたので雪乃に帰ろうと声をかけた。


「えーやだ!もう少しいる」


 思いがけず返ってきたのは、雪乃のわがまま。


「寒くなってきただろ、風邪ひくぞ」

「ううん、もう少し。もう少しだけ。この景色を目に焼き付けたいんだもん。素敵な思い出なんだから。絶対に…絶対に忘れないように」


 そう言って景色をうっとりと眺める雪乃の横顔は、色とりどりの光に包まれた夜景よりも綺麗だった。いつまでも見ていたい、と思う気持ちをなんとか気持ちの内に留められたことを直哉は自分で自分を褒めたいくらいだった。その気持ちを素直に外に出したほうが、雪乃が喜ぶということに気づく日は来るのだろうか。


「そんなの、いつでも連れてきてやるよ」

「ほんとわかってないわね、今日だから、だもん」

「はぁ……。……なぁ……」

「ん?なぁに?」


 この一言で、全ては伝わるだろう。いじわるな直哉にはなぜかその確信があった。


「愛してる、これからもずっと一緒にいろ、雪乃」


 この一言で、全ては伝わるだろう。いたずらな雪乃にはなぜかその確信があった。


「私のほうが愛してるもんだ。ずっと一緒にいさせてね、直哉」






 Fin


お読みいただき、ありがとうございました。

まだまだ未熟ですが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。

前作「家族写真」に続いて、恋愛短編でした。


次回は、恋愛物の中編を投稿する予定です。

初の連載作品になり緊張ですが、次作も何卒よろしくお願いいたします。


今後とも何卒よろしくお願いいたします。

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