嵐の後、残ったもの
深夜、外の音で太郎は目を覚ましました。風と雨の音が強く、扉がガタガタと大きな音を立てていて、今にも壊れそうでした。心配になった太郎が、起き上がって引き戸に心張り棒を立てかけていると、おじいさんも小さな灯りを持ちながらやってきました。
「どうじゃ?大丈夫そうか?」
「うん」
「この家は周りに木が多いから耐えられそうやけど、もしかしたら他の家や隣村は大変な事になっとるかもしれん。朝になって雨風が止んだら、様子見に行こか」
「うん。わかった」
「よし。そんじゃあ、あんまり寝れんかもしれんけど、朝まで寝よか」
2人は戻って布団に入りましたが、やはり外の音がうるさく朝までほとんど眠れませんでした。しかし、おばあさんはいびきをかいてグッスリ眠っていて、少しイラッとしたおじいさんは、おばあさんの鼻をつまんでやろうかと思いました。
朝になり外を見ると、畑は荒れていて、倒れている木も何本もあり、昨日までの様子とは全く違う状態になっていました。
「これはえらいこっちゃ。太郎、村の様子を見に行くで!」
「うん!」
おじいさんと太郎は村の家を1軒1軒見ていきました。少し壊れた家があったり、怪我人がいたりしましたが、幸い死者や行方不明者はおらず、2人はホッとしました。
「太郎、こっちは人手も足りそうやし、道場の方見に行ってき。怪我人とかも出とるかもしれん」
太郎は頷くと、隣村の道場へ向けて走り出しました。道中でふと空を見上げると、雲一つない綺麗な青空が広がっていて、昨夜の雨と風が嘘のように感じられました。空と山の様子を見つつも全速力で走っていた太郎はあっという間に道場の近くまで来ました。そして、道場が見えてくる所まで来た所で太郎の足は止まりました。
「壊れとる・・・」太郎は消えそうな声で呟きました。
ゆっくりと足を進めて道場へ近付いて行くと、木刀や、兄弟子の名前が書かれた木札が落ちていました。それらを太郎は拾い上げ、また歩を進めます。屋根が落ち、壁が無くなっている所がいくつもあり、床は水浸しでたくさんの木材が乗っていました。変わり果てた道場の姿に太郎が立ち尽くしていると、道場の裏手から師範が歩いてきました。
「師範!」太郎は駆け寄りました。
「家は大丈夫か?」
「はい。なんともありません」
「それはよかった」
「でも・・・」そう言って太郎は視線を道場に向けました。
「ここは村の1番端やから風を防いでくれる物が無い。せやから耐えられんかったんやろ。でもな、隣の家見てみ。どこも壊れてへん。この道場がギリギリまで持ちこたえて守ったんや。それだけで、ここに建ってた意味がある。古い建物やったわりに頑張ってくれたわ」師範は笑顔で柱を撫でました。
「なんで笑ってられるんですか?道場が壊れたんですよ」
「村の者やお前たち弟子が無事やった。それだけで十分や」
「でも、こんなんなったら、稽古出来ませんよ!」
「せやな。まずは、この道場と村の傷ついた家の修復やな」
道場が壊れてもあっけらかんとした師範の様子に、太郎は納得できませんでした。「・・・オレは、今日師範に稽古をつけてもらえるのが楽しみやったんです。自分がどれくらい強くなったんか見てもらいたかったんです」
「知っとる」
「毎日稽古して、どんどん上達を感じられて楽しかったんです」
「知っとる」
「だから・・・オレは・・・」
「ワシも他の者も同じや。でもな、これで十分なんや」
太郎は俯いたまま顔を上げませんでした。
「守和流の理念はなんや?」
「・・・人を守る剣です」
「そうやな。だけど、人を守るっていうのは、人の暮らしも守るって事や。危険な時だけやなく、常日頃からや。剣を使って守る事だけではない。道場は、壊れる瞬間まで村の暮らしを守った」
「でも、そんな時にオレは家で寝てて、何もせんかった。守らんかった」
「あの雨風では外に出れんかった。仕方のない事や」
「そうやとしてもオレは、後悔しています。一刻も早く道場を元に戻したいです!」
師範は腕を組んでしばらく黙っていましたが、太郎の目をしっかりと見据えると口を開きました。「20里ほど南に行った所にワシの教え子がおる。そこへ行きなさい」
「え?」
「上子村いう所で道場を開き、剣を教えとる。名を松川一斉という。あやつと剣を交えるといい」
「なんでですか!嫌です!オレはみんなとこの道場を直したいんです!」
「お前の剣の才能はこの道場の誰よりも深い。だからこそ、お前は一斉と早いうちに出会っておいた方がええ。こ度はええ機会や。ワシの名を出せば打ち合うてくれるやろう」
「それやったら、道場を直してから行きます」
「時を無駄にするな。一斉の剣を知れと言うとる。今のお前やからこそ学ぶもんがある。道場はお前がおらんでも直るから早よう行け」
今回も読んで頂きありがとうございました!