母乳が果汁
おぎゃあと泣く赤子をおばあさんは抱き上げました。
「おー、よしよし。可愛い子やなぁ」
「ばあさん、この子へその緒あるで。桃と繋がっとる」
「じゃあこの桃が母体なんか」
「そうなるんかな。桃から人が産まれるなんて聞いたことないけどな」
こうして、桃から男の子は産まれました。へその緒を切ると、パカーンと開いていた桃は自然に閉じていきました。おばあさんは母乳が出ないので心配しましたが、試しに桃の先端に男の子の口を近づけてみると、物凄い勢いで果汁を飲みだしたので、これでいいんだなと思いました。桃の果汁がこの子にとっての母乳だと悟った2人は、ご近所さんに桃を配るのをやめる事にしました。
「ばあさん。この子はワシらが育てるんか?」男の子が誕生した次の日におじいさんは聞きました。
「どうしようかねぇ。ワテらももう歳やしいくつまで面倒見れるかわからんからな」
「でも、村のもんも年寄ばっかりやから任せられへん」
「せやんなぁ。かと言って、村の外まで行くのも大変やしなぁ」
「なんやばあさん、育てる気満々やがな。せやったら、いけるとこまで育てよか」
「じいさんも同じやろ。こうなったら、長生きせなあかんな」
「せやな。生活にハリが出来たわ。あ、ばあさんこの子の名前どないしよか」
「名前か。ワテらに子供はおらんかったからなぁ」
「じゃあ、長男という事で太郎でええんちゃうか」
「それはええな。桃から産まれたから桃太郎もええけど、ワテらの苗字が桃やから、桃桃太郎になってまうからな」
「よっしゃ。ほんだら、この子の名前は、桃 太郎に決まりやな!」
おじいさんとおばあさんに拾われた桃から生まれた男の子は、太郎と名づけられ2人に育てられる事となりました。母体の果汁を飲みスクスクと育っていった太郎は凄いスピードで成長しました。桃は腐ることなく2ヶ月ほど家にありましたが、太郎に吸われ続けた最後には手のひらサイズ程の大きさになり、カチカチになり役目を終えました。おじいさんとおばあさんは桃を神棚に祀り、太郎の健康を祈り毎日手を合わせました。
2人の愛情を受けて元気に育っていく太郎は、家の手伝いもよくやり、礼儀正しい少年へと成長していきました。もうすぐ太郎は10歳になろうとしていました。日に日に大きくなっていく太郎とは対照的に、おじいさんとおばあさんは身体がどんどん衰えていくのを感じていました。太郎が眠った夜、囲炉裏にある火の消えた炭を触りながらおじいさんは口を開きました。
「なぁ、ばあさん。明日で太郎は10歳になる。ワシらが本当の親じゃない事、伝えへんか?」
「なんでや?」
「太郎が15になるまでワシらは生きれんやろ。だから、10になるこの機会がええ節目やと思ってな」
「そりゃ、いつかは言わなあかんとは思ってるけど、まだ早いんちゃうか?太郎はいい子に育っとるし、この事を聞いて変わってしまうかもしれん」
「せやけど、太郎の笑った顔見とると、早く言わなあかんって気持ちにもなるんや。ここ数年考えとった」
「じいさんの気持ちはわかる。ワテもこの事を考えんかった訳やない。でもなぁ・・・」
おじいさんとおばあさんが唸って考えていると、スーッと引き戸が開き太郎が立っていました。「知っとるよ。本当のお母はんとお父はんやない事、知っとる」
「太郎、起きとったんか・・・。なんでわかったんや」おじいさんが聞きました。
「何回か村の外に連れて行ってくれた事あるやろ。その時にな、友になった奴らがおって、そいつらのお父はんとお母はんは歳が20とか30やって言うてた。ほんで、お父はんとお母はんみたいな見た目の人を、お爺、お婆って言うてたんよ。だからな、お父はんとお母はんは、本当はオレのお爺とお婆なんやろ?」
「そうか、そうか・・・」そう言っておばあさんは太郎を抱きしめました。「太郎・・・、ワテらはお父はんでもお母はんでない。ほんで、お爺とお婆でもないんや」
「え?」
「黙っとってごめんなぁ。でもな、ワテらは太郎の事、我が子やと思っとる。大事な大事な子供や」
「うん。わかっとる。でも、お父はんとお母はんはなんでこんなに良くしてくれるん?ほんで、オレの本当のお父はんとお母はんは誰なん?」
おじいさんはゆっくりと立ち上がり、太郎の横まで来ました。「お前のお父はんはわからん。けどな、お母はんは知っとる。お前のお母はんは桃や」
「え?」
「お前は桃から産まれたんや」
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