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王立騎士団と銀の犬 6



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「そろそろ、機嫌を直したらどうだ?」

「だって、あまりに強引です」


 途中でなぜか、テンションがどんどん高まってきた店員たちによって、エレナの髪紐とメガネは、外されてしまった。もちろん、伊達メガネのため視力は問題ない。


 そして長時間の着せ替えの末に完成したのは、キラキラとピンクや紫に煌めくパールブルーの髪をハーフアップし、値段を考えるのが恐ろしい髪飾りで飾り付けられ、銀色と金色の華奢なチェーンが甘辛なアクセントになっているスミレ色でガーリーな膝下丈のドレスという姿だった。


「怒るなよ。ただ、美しいと言っている」

「っ……騎士様って、皆さんそんな風に女性を褒めたたえるものなんですか?」

「――――ん? 少なくとも俺は、今まで言ったことがないな」

「なっ」


 真っ赤になったのを自覚してしまったエレナは、そのせいでますます頬が火照るのを止めることができなかった。


(ゼッタイ、普段から言っている。そうでなければ、あまりに自然すぎるもの!)


 婚約が決まったという噂の姫君に普段から言っているに違いない。

 どうして、そのことをどこか腹立たしく思うのか、エレナにはわからなかった。それでも、なぜかレイがほかの女性にそんな言葉を言う姿を想像するだけで、いらいらと不機嫌な気分になる。


「さあ、ついた」


 先ほどまでの、レイの甘くて優しげな表情が、厳しい騎士団長としての顔に隠される。

 いや、むしろこちらが普段のレイ・ハルトの表情なのだろう。

 エレナも、どこか浮ついてしまっていた表情を真剣なものにした。


「ここは……」

「我が家だよ」

「えっ、公爵家?!」

「……いや、俺個人の屋敷だから、そんなに緊張する必要はない」


 半眼になったエレナが、レイを見つめてしまったのはどうしようもない。

 だって、レイは公爵家の人間で、その家はやはりエレナにとっては公爵家の屋敷なのだから。


「……お招きにあずかり、身に余るほど光栄ですわ」

「わざとらしいな。無理に連れてきたことで、怒っているのか? だが、理由はある……。どこででも話せる内容でもないからな」

「……レイ様?」

「とりあえず、ようこそ、エレナ嬢。歓迎する」


 自然と開いた正門は、魔道具なのだろうか。

 ガシャンとしまった音を背中に、エレナの興味はそちらへと傾く。


「あの、もしかすると、この屋敷では高価な魔道具が惜しみなく使われていたり……」

「魔道具? 確かに、数えきれないほどあるな」

「そうですか」


 とたんに機嫌が上向きになったらしい、口元が緩んだエレナを見つめるレイの金色の瞳に感情がにじむ。

 それは、見るものが見れば、熱を感じるものだったかもしれない。

 だが、その気持ちに二人が気が付くこともないまま、玄関の前で馬車は停車する。


 当たり前のようにエスコートされ、その巧みさのせいで、体重を感じないほどふんわりと馬車から降り立つ。ドレスのすそが、ふわりと揺れて、細い鎖がシャラリと音を立てる。


 玄関も、レイが近づくだけで、自然と開いた。

 天文学的な数字が、この屋敷の魔道具には使われているようだと、エレナは考える。


(まあ、確かに私にとっては恐ろしいほど高額なドレスの金額も、レイ様にとってはお小遣い程度なのかもしれないわ。本当に――――住む世界が違う)


 貴族と平民が、結婚できないわけではない。

 事実、最難関の国家資格を持ち、容姿端麗なギルドの受付嬢ともなれば、貴族との結婚だって夢ではない。先月も、貴族と結婚した先輩の結婚式にエレナは招待され、参加している。


 それでも、レイとエレナの住む世界はあまりにかけ離れている。

 少し、その日常を垣間見ただけでも、あまりに違うことがエレナには理解できてしまっていた。


(恋がかなわないと死んでしまう? え、この人が死んでしまうの?)


 パチリと長いまつ毛を揺らして、エレナは豪華すぎるエントランスホールを眺めていた。

 隣にいる男性は、騎士団長で健康そのものに見えるし、とても死んでしまいそうには思えない。


 権力、財力、そして名誉、美しい容姿。すべてを持っているのが、レイ・ハルトという人間に思えた。


 予言で告げられた言葉と、目の前のお方と自分が恋仲になる可能性というものが、エレナにはさっぱり結びつかなかった。


(え、あまりに非現実的すぎるのに……。本当にあれは予言だったの? このお方の恋人になんて、なれる可能性……皆無だと思うけれど。それなのに、なぜ私は雲の上のお方のはずの騎士団長様のお宅に訪問しているのかな)


 エントランスホールには、数えきれないほどの使用人が勢ぞろいして、レイとエレナを出迎えている。

 こんなたくさんの人間に、出迎えられたことなど、エレナには当然なかった。


(おかしい、おかしいよね。もしかして、あの夜の夢が、まだ続いているのかな)


 けれども、その夢にはまだまだ、続きがある。

 だって、予言は外れたりしない。本人が信じる、信じないにかかわらず。

 赤くなるほどつねったエレナの頬は、残念ながらとても痛かった。


最後までご覧いただきありがとうございます。

誤字報告、ありがとうございます。


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