王立騎士団と銀の犬 5
そこからは、別世界のようだった。
訪れた洋服店は、上流階級向けで、恐る恐る確認した値札に書き込まれていたのは、エレナの給料1カ月分が、一着で吹き飛んでしまうくらいの値段だった。
シンプルで、この店では比較的安いワンピースですら、エレナが普段着ている服や装飾品とは、ゼロが二つほど違う。
「――――うわぁ……高っ。なにこれ、なんでこんなに高いの」
「好きなものを選べ。それとも端から端まで買ってやろうか?」
「何、冗談言っているんですか。一応、ギルドの受付係ですから、一着くらいなら自分で買えますよ」
「は……?」
エレナは、ほとんどお金を使うことがない。
制服を着ていれば、仕事は事足りるし、仕事以外で出歩くこともほとんどない。
家の中は、必要最低限片付いてはいるが、乙女の部屋にしてはあまりにシンプル。
『もう少し、かわいらしく着飾れば、誰よりも美人だと思うな、私は』
少しお酒が入ったときに、仲良しのフィルが呟いた言葉が浮かぶ。
そう言って笑ったフィルこそ、ナンバーワン受付嬢にふさわしく、本当にキラキラ煌めくレベルでかわいらしかった。
(高いけれど、こんな機会滅多にないわよね。一生ものとして、大事にしよう)
そう思ったエレナは、一番シンプルな落ち着いたブラウンのワンピースを手に取った。
エレナが手に取ったワンピースは、しっとりと吸い付くような肌触りだった。やはり、公爵家の人間であるレイが連れてきてくれたのは、高いだけの値段に見合った品物が置いてある、とても良い店らしい。
(これなら、ギルド主催のパーティーや表彰式に着ていくのに良さそう。確かに高いけれど、こんなに触り心地のいい生地なんて初めて。デザインもシンプルなのにとても素敵だわ)
珍しく洋服に気分が上がったエレナは、指先でその触感を楽しむ。
その気分と考えは、少しだけ不機嫌さをにじませたレイの言葉で中断される。
「おい、自分で買うとか正気か? 礼だと言っている。普通は喜んで買ってもらうものだろう?」
「普通ですか。……う~ん。あくまで正式な依頼としてお手伝いしただけですから、そこまでしてもらうわけにはいきません。でも、こんな素敵で上品なお店、一人では一生来れなかったと思います。レイ様、連れてきてくださってありがとうございます」
エレナは、キラキラした笑顔をレイに向けた。
その無邪気な笑顔は、彼女が何かを計算しているはずがないのだと、見たものすべてに感じさせる素朴で温かいものだった。
冷たい金色の瞳が、わずかに開く。その端正でうすい唇が、微かに震えた。
その変化に気が付かないままに、エレナはブラウンのワンピースを手に、会計に向かおうとした。
「……あの?」
次の瞬間、エレナの細い手首をレイが捕まえていた。
不思議そうに顔をあげたエレナに、レイが先ほどまでの冷たくも見える気取った表情を脱ぎ捨てて野性的に笑いかける。
(あっ……犬歯がずいぶんとがっている。そういえば、さっき助けた、銀色の犬は、無事に治ったのかな。また、あのモフモフの毛並みに触りたいな)
その変化に、エレナは先ほどの銀の犬と、レイの表情が重なったように思えた。
笑顔のまま、レイから発せられた言葉に正気に返るまで、エレナは熱くなった頬に気が付かないまま、ぼんやりとその顔を見つめる。
「……気が変わった。やはり端から端だ」
「へ?」
レイが小さく手をあげた直後、あっという間に、エレナは多数の店員に囲まれた。
「端から端まで試着させて、一番似合うドレスと装飾品で飾り立てろ。ああ、最高の髪型にするのと化粧もな。試着した服と装飾品は、すべて買い取る」
「えっ……? ええぇぇ?」
抵抗むなしく、エレナは店の奥へと連れ去られていった。
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