予言師と騎士団長 2
予言師が消えてしまった場所を見つめ、思案に暮れていたレイ。
どちらにしても、ここまで不安定になってしまった理由というものを見つけなければならないのだろう。
エレナを守るには、狼の姿では不十分だ。
予言師ラディルの言うとおり、騎士として鍛えてきたことも、ハルト公爵家の力も、狼の姿では十分発揮することができない。
「結局のところ、ジャンが正解を引き当てたのか」
狼姿から戻れないというのは、懸案事項だが、ジャンの直感による選択に何度も助けられてきたのも事実だ。
「とりあえず、到着を待つか」
ほんの少しため息をつくと、間髪おかずレイの姿は狼に変わる。
どちらにしても、こんなに不安定なままでは、どうすることもできないのだから。
***
一方、ラディルは、誰にも気がつかれずに、路地をすり抜けた。
小さな赤い屋根の家。そこには、今回の事件の発端でありながら、全ての事象を解決できる存在がいる。
「――――こんにちは」
「おや、誰かと思ったら赤銅色の瞳なんて、久しぶりに見たねぇ。そうだろう、ピット?」
「そうだな……。久しぶりに見た。エレナちゃんの故郷が残念なことになる少し前、それ以来か? ペティ」
ラディルと同じように予言者だった父と、彼ら双子は知り合いだった。
そのことを、ラディルは知っていた。
当時は、このような幼い姿ではなかったはずだが……。
「と、いうことはあの時の赤子か。大きくなったものだ」
「なるほど……。あの時の坊やか。それで、今日はなんの用かな?」
「……薬を作っていただきたい……。今度こそ、正しく狼を人の姿に変えることが出来る薬を」
ベージュの髪の毛に浅黒い肌をした双子の姉妹はニンマリと笑った。
その笑顔は、相手を値踏みするような、どこか狡猾なものだ。
エレナの前では決して見せない類いの……。
「ふふふ。対価」
「そうだね、対価が必要だ」
負けずに弧を描いた赤銅色の瞳。
ラディルだって、予言師として生きていく上で、駆け引きなど山のようにしている。
『――――予言師に対価を求める? そんなの予言で支払うに決まっている。興味本位で予言を聞いたりすると高くつくが、釣りはいらない』
どこか無表情のまま、赤銅色の瞳を不思議にきらめかせたラディルがつぶやく。
予言師は、予言を告げる。
予言師が目の前に現れてしまえば、そこから人々は、逃れることなんて出来ない。
『赤い狼が人に戻ったときに、銀色の花を一輪差し出すだろう』
「まさか……。手に入るというのか」
「本気か……? 我々の願いが叶う」
『よかったですね。では、さっさと、薬作ってくれませんか? さもなければ……。そうですね。あなたたちの予言。続きが聞きたいですか?』
「「いや、結構だ。予言にはいい思い出がない!」」
双子は慌てて、研究室に飛び込んでいった。
ラディルの視た未来では、赤い狼と銀色の狼は、無事に人の姿に戻っている。
そして、王都を急襲した魔獣の群れは無事討伐されるようだ。
『銀の花を赤い狼に手渡す姿が視える。まじか、俺の役目か』
赤銅色の瞳を持った予言師は、予言に導かれ、ため息と友に銀の花を手に入れる旅へと出かけたのだった。
***
(……き、気まずい)
その頃、フィルの部屋を訪れたエレナは、肩身の狭い思いをしていた。
フィルの膝に頭と前足を乗せてうたた寝しているジャンは、起きる様子がない。
「えっと、おくつろぎのところ、ごめんね?」
「ううん。たまには、エレナも周囲に自分たちがどう見られているのか、気がついたほうがいいと思うし」
「そっ、それは!!」
確かに、こんなに甘い雰囲気を見ているのは、周囲にとって辛いことに違いない。
思い当たる節がありすぎて、思わずエレナは赤面した。
「まあ、冗談とちょっとした忠告は、このあたりにしておいて。リドニック卿、そろそろ起きてください!!」
「……フィル殿の声で起きるなんて、幸せだ」
そのまま、胸元に鼻先を擦り付けて甘える赤い色合いの狼。
寝ぼけたままなのか、ジャンは背中を少し伸ばすとペロペロとフィルの頬をなめた。
ジャンを押しのけたフィルの頬は赤い。
「ちょ! 人がいるんですよ!?」
「ん……? ああ、エレナ殿。えっと、進展がありました?」
「――――えっと、レイ様が呼んでます」
「ん? 団長の呼び出しであれば、一分以内に駆けつけなければ」
走り去る赤い狼は、まるで一陣の風のようだ。
その姿を、二人のギルド受付嬢は、呆然と見つめたのだった。
最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




