赤い狼と魔法薬 4
「ところで、リドニック卿」
「フィル殿?」
「戻れないって、本気ですか?」
「……本気です」
狼の姿をしたジャンのこと、フィルは好きだ。
でも、戻れないとなると、話は違ってくる。
「――――特殊任務と言うことになっています」
「……どうして、魔法薬を飲んだりしたんですか!?」
フィルの言うことはもっともだと、ジャンだって思う。
けれど、予言によれば、ジャンが好き勝手に動いた方がいいらしい。
予言師は神出鬼没だ。
でも、ジャンの嗅覚は告げている、信頼するに足る人間だと。
「――――フィル殿、もしも人間の姿に戻れなかったら、その時は」
「……ハルト卿から、飼い犬を一匹譲り受けることになるでしょう」
「……え?」
「……なんですか。それくらいで、私の気持ちが揺らぐとでも?」
赤みを帯びた薄茶色の毛並みをすり寄せたジャンと、そっとその背中を撫でたフィル。
美しいエメラルドの瞳を細めたフィルは、誰が見たって美しくかわいらしい。
「狼の姿が、気楽だと思っていたのに。……今すぐ抱きしめたいです」
その言葉をつぶやいた直後、ジャンの体は、ぎゅっとフィルに抱きしめられていた。
***
その頃、狼姿からジャンが戻れなくなったという報告を受けた、レイとエレナは、ハルト公爵家の図書室にいた。
「――――それにしても、リドニック卿は無茶しますね」
「ああ。しかし、予言師がらみだ。仕方あるまい」
「ラディルの」
立て続けに起こった出来事。
ようやく、エレナとレイに平穏が訪れたはずなのに。
「レイ様は、どう思われますか」
「……そうだな」
次の瞬間、何の前触れもなく、レイの姿が狼のそれに変わる。
不死鳥が襲来してからも、数々の出来事があった。
そして、レイは今、狼姿になることを、完全にコントロールできていない。
「仲間思いだからな。ジャンは」
それについては、エレナに異論はない。
初対面の時に、ギルドに飛び込んできて、攫うように連れ去られたのは衝撃だったけれど。
「そうですね。間違いなく、仲間のためなのでしょうね」
「間違いないだろう」
つまり、レイが狼姿をコントロールできないことを、何とかしようとして、暴走したのではないかというのが、レイとエレナ、二人の見解なのだった。




