もう一つの恋の予言 その2
魔法薬を、赤い中型犬にかけたら、可愛らしい癖毛の騎士様になりました。
誰が、こんな寝物語信じてくれるだろうか。少なくとも、私だったら信じない。
フィルは目の前で起こった事件を、まるで他人事のように分析していた。
「うぅ。でも、少なくともローグウェイ様は、この状況を予測していた気がするわ」
だから、魔術師ギルドに連れて帰れと言ったのだ。たぶん、エレナもアーノルド様も、すでにリドニック卿の正体を知っている。
エレナの出勤は、早いから、魔術師ギルドに連れて行きさえすれば、フィルがこんな重大な秘密を知ってしまうことはなかったのだ。
『恋に落ちたくなければ、その犬、そこら辺に捨てておいた方がいいよ?』
魔術師ギルドの受付嬢、しかも人気ナンバーワンなんていうと、大抵の男性は、フィルに相手されるとは思わないらしい。
隙だらけの友人ほどではないにしても、フィルには恋の経験なんてほとんどない。
「いくら何でも、犬がリドニック卿になるとか、想像しないから!」
「う…………」
大声をあげてしまったせいか、魔法薬が効いて目が覚めたのか、ジャンが大きな二重の瞳を眠そうにパチパチしながら起き上がる。
ゴシゴシと身を擦る仕草すら、フィルは目を離すことができず、そんな自分に戸惑う。
「いい香りがする」
その直後、ポフンッと音を立てるように、寝ぼけ眼のジャンが抱きついてきて、フィルの胸に顔を埋めた。しかも、まるでまだ自分の姿が中型犬だと思っているみたいに、鼻先をスリスリと擦り付けてくる。
「ひっ、あっ、きゃあああああ!」
バチーンッと室内に乾いた音が響き渡った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そして、現在、フィルの前には、きちんと膝を揃えてなぜか床に座った騎士が、頭を下げているという構図が出来上がっている。
誰かに見られたら、妙な誤解をされそうだ。
そういえば、動物虐待なんて言ってしまったのは、失言だったと、フィルは、どこか遠くに意識を飛ばしながら考える。
「そろそろ、頭を上げてくれません? 私も、頬を叩いてしまったので、さっきの件は、なかったことにしますから」
「……フィル殿」
ウルウルとした目で、下から見上げるのはやめて欲しいと、フィルはそっとため息をついた。
「取り敢えず、リドニック卿の秘密については、黙っておきますから。寝床とやらに帰った方がいいですよ」
「寝床?」
「……最近お気に入りの場所が、あるのでしょう? そこに帰るって……」
予言師が言っていたなんて、伝えていいものかとフィルは、黙り込む。そもそもフィルは、予言師に『恋に落ちる』とは言われたけれど、恋人になれるとは、言われていない。
「あー。そんなに噂になっています? 少し遠慮しないとな。教えてくれてありがとうございます」
「え?」
顔を上げたフィルに、困った顔をしながらジャンが笑いかける。
「いやー。団長殿の家、居心地がいいんですよね。でも、婚約したての二人の邪魔するのも良くないですよねっ」
ニカッと笑った唇の端から、チラチラ見えるのは牙のように尖った歯だ。いや、実際に牙なのだろう。
「じゃあ、今度からフィル殿が、俺と付き合ってくれませんか?」
フィルの顔が、夕陽を浴びたみたいに真っ赤に染まる。違う、付き合うって、そういう意味じゃないことくらい、理解しているつもりだとフィルは俯いた。
「……もし、フィル殿が許してくれるなら、そういう意味の付き合うだと、もっと嬉しいですけど?」
「えっ、ええっ?!」
「フィル殿の香り、すごく安心する」
今度は、ジャンは飛び込んできたりせずに、フィルの髪の毛を一房手に取って、口付けた。
先ほどまでの行動が、嘘みたいに、フィルの目の前には、本物の騎士様がいる。事実、ジャンは、若くして隊長を任されるぐらい将来有望な騎士様なのだが。
完璧な騎士のはずのジャンが、尻尾を振っているような幻影を見て、フィルは自覚した。
ワンコ系騎士は、完全にフィルの性癖に突き刺さるのだということを。
「答えが欲しいです。付き合いたいの、俺だけですか? 付き合ってください。フィル殿」
もう限界だとばかりに、さらに真っ赤になったフィルは、もうただ首振り人形みたいに頷き続けるしかなかった。
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