銀狼とギルド受付嬢の婚約騒動 3
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謁見は、秘密裏に行われるようだ。
エレナとレイが通された部屋は、王宮の奥だったし、待っていたのは、国王陛下と王妃殿下、そして数人の近衛騎士のみだ。
エレナは、最上位の礼をする。庶民でありながら、背筋を伸ばしたまま、裾を持ち上げた姿は、品がある。
「なるほど、こちらの御令嬢が、かの英雄、レイ・ハルトの選んだ人か」
国王陛下は、エレナの目の前に歩み出ると、手を差し伸べる。
(まさか、握手を求められるなんて)
予想以上に近いその距離に動揺しつつ、それでも優雅に見えるようにエレナは微笑むと、握手を返した。
「名を」
「エレナと申します」
「ふーん、なるほど。これは、どこか良い家を見つけなければなるまい。それも含めて、褒賞ということか?」
国王陛下が、悪戯っぽい瞳でレイを見る。表情を変えないまま、「ええ、陛下のお力をお借りしたく」と、答えた。
プライベートな空間での、二人のやり取りは、本当の兄弟のようだった。
「だが、これはいただけないだろう。仮にも俺は、国王だ。謁見の席で、魔道具で姿を謀ったままというのは」
「っ……陛下」
心の奥底まで読まれてしまっているような、相手の考えは全くわからないような、空恐ろしい感覚にエレナは支配される。
「謀る気はないと?」
「――――もちろんです」
「なら、証拠を見せてもらおう」
「っ……陛下」
止めようとしたレイを、エレナは視線で制す。国王陛下は、自らの手でエレナの纏めていた髪の毛に結ばれた魔法の紐を引き抜き、メガネを外した。
途端に、部屋の中が光に満たされたように、そこにいた全員が感じた。
「精霊の愛子……か。何を隠しているのかと思えば、予想の斜め上をいったな」
「陛下」
ここまで、一言も発さずに国王陛下の横に控えていた王妃が、口を初めて開いた。
「どうした、リーファ」
レイによく似た銀の髪の毛に、アメジストの瞳を持つ王妃は、やはり人外の美貌という言葉が似合いそうな人だった。
「私からもお願い致します。弟の幸せのために、力をお貸し下さい」
「リーファに頼まれると、俺も弱いのだが……。事が事だ。魔術師ギルドの長が、エレナが精霊の愛子であることに気が付いていなかったとも思えない」
精霊の愛子とは、一体何なのだろうと思いながらも、予想外の人が、会話に登ってきたことに、エレナは動揺した。
ギルド長ローグウェイは、魔術全てを管轄すると同時に、国王への報告義務を持つ。
「……国王陛下、まさか魔術師ギルド長ローグウェイ様を処罰なさるおつもりですか?」
「……そうか、確かローグウェイが、守り続けているギルド職員がいると報告されていたが、それがエレナか」
たしかに、ギルド長ローグウェイは、誰よりもエレナを守り大事にしてくれた。エレナにとって、恩人であり、兄のような存在だ。
「そうだな、事情は聞かねばなるまい。だが、問題はローグウェイ侯爵家とその派閥だろうな……」
「そんな……」
(ギルド長が、私の髪と瞳を隠してくれていたのは分かっていた。でも、隠してくれた理由は、人目につくからとか、普通の生活が送れるようにとか言っていたのに)
エレナは、ローグウェイにどれだけ守られていたのかに気がついて震える。そうでなくても、十年前からずっと守られ続けていたのに。
「……レイ・ハルト。精霊の愛子の婚約者としてお前には十分な資格がある。認めよう」
「ありがたき幸せ」
エレナの肩に、そっと力強い手が添えられる。
国王陛下とレイの会話が、遠くの方で聞こえるきがした。
もう一度、魔法の髪紐が結ばれ、丸い眼鏡がかけられる。エレナとレイは、王宮から退室する。
愛する人との婚約に、喜ばしいはずの、エレナの心に暗雲が立ち込める。
そんなエレナの手を、馬車の中、レイは黙ったまま、強く握りしめていた。
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