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王立騎士団と銀の犬 2



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 王立騎士団は、それから数時間騒然としていた。

 解毒の魔法薬を飲んだ騎士団員たちが、静かな寝息を立てて全員深い眠りに入ってしまったからだ。


 幸い、今回の遠征に参加せずに毒を受けていなかった騎士たちは、やはり魔術師ギルドの職員など信じるのではなかったと歯ぎしりした。


「――――意外だったな」


 その騎士たちに、仲裁に入り、滅多なことをしないように説得したのは、ジャン・リドニックだった。普段なら、誰よりも血気盛んな彼は、率先して魔術師ギルドに押しかけてもおかしくなかった。


「騎士としてふさわしく、恩のある淑女に対して優雅に跪いた姿にも驚いたが……。いったい短時間に、何があったというのか」


 ゴルドンは、今回の騒動で剃る暇がなかった無精ひげを撫でながら思案する。

 騎士団長の秘密はおそらくエレナに目撃されたに違いない。


『――――扉の向こうのお方は』

『銀の犬に会えるなんて、役得でした! ちゃんとお薬は飲んだし、モフモフで最高に可愛らしかったです』

『もふもふ? かわいい?』


 キラキラと輝き、明らかに魔力を帯びた髪の毛と瞳をフードに隠しながら、エレナは無邪気にそう言っていた。

 目の前にいた銀の生き物と、真実とはまだ結びついていないようだった。


「これは、面白いことになるかもしれないな」


 ゴルドンは、人知れず口の端を上げた。

 堅物のレイ・ハルト騎士団長が、この後どんな行動に出るのかは、予想すらつかない。


「とはいっても、あの姿を乙女に見られてしまったからには、行動に移すほかあるまい。あの、冷静で職務に忠実なばかりのつまらない甥も」


 その言葉は、次々と目覚める騎士達に、喜びの声が響き渡る騎士団の中、誰にも聞かれることはなかった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 時は少し遡り、エレナが帰り着いた魔術師ギルドも、いつもと違うピリピリと刺すような空気に包まれていた。


「ただいま戻りましたぁ」

「エレナ! 良かったぁ! ねぇ、何があったの?!」


 エレナに飛びかかるように抱きついた受付嬢フィルの姿に、少しだけ周囲の緊迫した雰囲気が和らぐ。


「うーん。話せないんだよねぇ」

「まあ、正式な依頼というなら、守秘義務があるものね」


 誓約魔法がなくても、魔術師ギルド職員は、依頼主の秘密をしゃべることは、禁じられている。


「それにしても、どうしたの? 大型討伐の緊急依頼でも出たの?」

「何言っているの! エレナを助けに行くんだって、魔術師達が聞かないから、止めるの大変だったんだよ?」


 キョロキョロと、周囲を見渡すと、いつもエレナが対応している常連ばかりだった。


「あ、心配おかけして、申し訳ありません。確かに依頼主は、とある騎士様でしたが、正式な依頼でした。緊急だったため、お騒がせしてしまいましたが」


(ただし、正式な依頼としての処理は、これからするのだけど)


「連れ去るようだったと聞いたから、心配したが……。杞憂だったか」

「アーノルドさんっ! 心配おかけしてごめんなさい」

「いや、無事なら、いい」


 ブルーグレーの長い髪を後ろで束ねたアーノルドさんは、ギルドでも上位に位置する魔術師だ。

 少し寡黙なところはあるけれど、メガネの奥の瞳は優しく、エレナも、入職直後から何かとお世話になっている。


 サラリと、エレナの頭がフードの上から撫でられる。


(アーノルドさんは、私を妹のように思っているのか、いつも子ども扱いしてくるのよね)


 そのこそばゆい感触に、エレナはひそかに口元を緩める。


「ちょっと、バックヤードに入ってから、窓口業務に入りますね。失礼します」


 ところが、その日、エレナの姿が窓口に現れることはなかった。

 きっちりと、魔法のひもで髪を結び、丸くて大きい眼鏡をかけて準備が完了した直後、ギルド長からのお呼び出しがかかったからだ。


「――――今回の件、独断で動いたことも問題だが、それ以前になぜ今回のことが起こったか確認できるまでは、窓口に立たせるわけにはいかない」

「そう、ですか……」


 とにかく、王立騎士団と魔術師ギルドの関係が悪いというのは、王都の住人であれば、子どもですら知っている有名な話だ。

 問題が大きくなるのを恐れて、依頼を受けたという形をとったものの、エレナは半分はこの展開を予想できていた。


 肩を落としたエレナを見つめるギルド長の瞳が、厳しい上司の視線から、部下を気遣う優し気なものへと変わる。


「……事を荒立てない姿勢は、称賛に値する。それに、エレナの安全を守るためでもあるのだ。理解してくれるか」

「ギルド長?」

「いつもまじめに働いていることは、高く評価している。それに、今回のことで処罰したとなれば、お前をひいきしている魔術師たちが黙っていないだろうからな……。有休を全く消化していないだろう。数日間、休むと良い」

「承りました」


(まだ若いのに、この気遣いはどこからくるのかしら?)


 そして、確かに、いつもエレナに良くしてくれる魔術師たちはいる。

 そんな魔術師たちが、働きやすいように、在庫を完璧にそろえたり、依頼を見繕うのがエレナのやりがいでもある。


(その結果が、真面目だけが取り柄という評価なのかな。世知辛い)


 急に訪れた、数日間の臨時休暇。

 エレナは、フィルと同僚たちに、事の顛末を告げると、魔術師ギルドを後にした。

最後までご覧いただきありがとうございます。


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