銀狼とギルド受付嬢の婚約騒動 2
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美しく着飾ったエレナに、レイはしばらくの間見惚れた。
本人は、今の髪色をくすんだ水色と表現するが、レイからすれば、遠征の地で見た少し紅がかった淡い空の色と表現するべき美しい色だ。
魔力を纏った、パールブルーの髪の毛は、確かに美しいが、レイは心に安らぎを与えてくれるようなこの髪色が好きだった。
「あの……。このドレス」
端から端まで買ってしまった、あの日のドレスの中で、このドレスだけは店の奥から出てきたものだった。
レイの髪色をどこか思い起こさせる、白銀の刺繍がされた、空色のドレス。それは、まるで澄み渡った冬の空と、不意にチラついた雪の結晶のようだった。
魔法の髪紐を使いながらも、緩やかに巻かれて、透明の宝石が飾り付けられた髪型は、地味とは程遠い。少しだけ、大きな丸いメガネだけが、その服装の中で浮いていたが、むしろ完全ではないことで、誰もがそれを外した時の、完璧な美しさを想像してやまない。
「とても良く似合う」
「えっ、ありがとうございます」
あまり服装を褒めてもらったことのないエレナ。そもそも、ギルド受付嬢になって三年の月日が経ったが、人前に出る時はほとんど制服だ。
(ううっ。それよりも、レイ様の儀礼服は相変わらず輝いています)
あの日、抱きしめられてカチャリと音を立てた装飾も、肩から下がった飾り紐も、片方の肩だけにかけられたマントも、全てが物語の騎士のようだ。
「…………レイ様こそ、素敵です」
隣にいたら、地味な色合いのエレナは、完全に霞んでしまう。
褒められ慣れているのだろうと思いながら、チラリと見たエレナに、「エレナに褒められるのは、予想以上に嬉しいな」と満面の笑顔をレイが見せる。
そのまま差し伸べられた手に、そっと手をのせる。
(王族との謁見時の作法なんて、一生使わないと思ったのに)
魔術師ギルド長ローグウェイは、ああ見えてエレナの教育には、厳しかった。
庶民であるエレナには、必要なさそうな知識や教養まで詰め込まれた。
それは、魔法を帯びた髪と瞳がもたらすであろう荒波に、立ち向かうことができるようにローグウェイがエレナに与えた抗うための力の一つ。
貴族令嬢にも引けを取らない教育がされていることに、エレナ自身は気がつかない。
「……どこで習った?」
「レイ様、何のことですか」
短期間では決して身に付かないエレナの所作に、レイは目を見張る。確かに、ドレスの扱いは、普段着慣れた貴族令嬢には劣るかもしれないが、背筋を凛と伸ばしたエレナの動きは、知的で品がある。
レイは、魔術師ギルド長ローグウェイと、話した内容を思い出す。エレナの髪色と瞳が、魔力を帯びていることを知っていながら、隠し通してきた男。
今のエレナは、ローグウェイに育てられた。
エレナの隣に立つ時に、その陰を感じずにはいられず、レイは密かに強い嫉みを噛み殺した。
「…………エレナ」
エスコートの手を離さないまま、レイはひざまずいた。
どうして急にレイがそんな行動に出たのか、わからない様子のエレナが首を傾げる。
「順序が逆になってしまったことを詫びさせて欲しい。……エレナ嬢、どうか俺の婚約者になって下さいませんか」
「えっ?」
「愛してます。どうか、我が剣と共に、俺の願いを受け入れて下さい」
婚約者に捧げる指輪は、まだ出来上がっていない。まさか、レイもこんな形で婚約するとは思っていなかった。
それでも、彼女の胸元には、今日もレイの瞳の色をしたネックレスが揺れる。
たぶん泣くのを堪えているからだろう。震える声のまま、「はい」と言う返事が、レイの耳に届いた。
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