銀狼とギルド受付嬢の婚約騒動 1
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いつの間にか眠っていたけれど、目覚めた時にモフモフとした毛ざわりが、真横にあった事に、まず初めにエレナは安堵した。
まだ、眠っているらしい、銀の毛並みの無防備な姿を、エレナはしばらく黙って見つめる。
ぱらりと、視界の端に映った髪の毛は、今朝はキラキラと輝くパールブルーに戻っていた。
(魔法の紐もなく、髪の毛の色が水色になるなんて初めてだわ)
レイは何も言わなかったが、きっと、瞳の色もグレーに変わっていたことだろう。
もう一度、ふんわりと長い毛並みに顔を埋めたら、直後それは煙が掻き消えるように消えてしまう。
顔を上げると、その瞳は金色に輝いて、何か眩しいものを見たように、細められていた。
「……おはよう。エレナ」
「はい。おはようございます。レイ様」
「…………エレナ」
ぎゅっと、音がしそうなほどレイに強く抱きしめられて、エレナの心臓は飛び上がった。銀の狼の時に、ほのかに香るジャスミンティーのような香りは、やはり人間姿のレイも、同じだった。
「エレナは、綿菓子みたいに甘い香りがする」
そのまましばらく、レイはエレナを離そうとはしなかった。だが、突然のノックの音に、エレナはピクリと固まる。
「時間か」
「はい、旦那様。ご準備を」
ようやくエレナを解放したレイは、少しだけ億劫そうに起き上がる。そして、昨日の夜のようにもう一度エレナの頬に口づけをした。
「話せていなかったことがある。……俺の婚約者になってくれ」
「こ、こんやくしゃ?」
「……すまない」
なぜ謝るのだろう。なにか、言いにくいことがあるようだ。
「エレナが、火傷を治すために魔法薬を使った時、気を失ったな」
そういえば、先日エレナが倒れた時、レイは国王陛下に謁見中だった。
「…………それで、何か問題が」
「謁見で姫との婚姻を、再度勧められた」
「っそうなのですね」
「そんな顔をしないで、最後まで聞いてくれ。実は、断るために…………」
確かに、レイは王族との婚姻関係を望んでいないと言った。けれど、王命を断るなんて、どうやって。
「…………先の不死鳥との戦いの褒賞として、愛しい人との婚約を願い出た。そして、エレナが危機に陥っていると思って、婚約の許可が出たことを報告すると言って、退席させてもらったんだ」
「……それで、そのお方と婚約されるのですね」
「……そう。エレナと俺は、婚約者になる。エレナが拒否しない限り、これは決定事項だ」
「ん? 私と、ですか?」
伺うようにエレナを見つめるレイには、いつもの余裕も、自信も感じられなかった。
そこでようやく、エレナは起き上がって、思考を整理し始める。
(公爵になるような騎士団長様と、庶民のギルド受付嬢。釣り合わないから婚約なんて考えたこともなかったのに)
「……勝手なことをした自覚はある。エレナが嫌なら俺は一人で」
それはまずいということくらい、エレナにだって分かる。だって、義理の兄とはいっても、国王陛下に述べたことが嘘だなんて。
(また、選ばれないと死んじゃうって事ですか?)
流石にそれはないと思いたい。でも、国王陛下に嘘の言葉を述べるなんて、間違いなく処罰は免れない。
「っ……。すまない! 大丈夫だ。話せば陛下は分かって下さる。順番もおかしいし、俺自身もどうかしていたと思……」
それでも、逡巡は一瞬のことだった。
正直になれば、エレナはずっと、レイのそばにいたいと、願っているのだ。
「……一緒に行きます。私のこと、連れて行ってください。もちろん、あとからの婚約破棄も大丈夫ですから」
とりあえず、ここを乗り切れば、レイにとって不利になるようなことはしないと、エレナは決意する
「……時々、残酷だな」
「え?」
その言葉の意味を問いただす前に、エレナは再び侍女たちに連れ去られる。
「ああ、今日は残念だが、魔法の髪紐とメガネをつけて、着飾らせてくれ」
それにしても、これからの日々は、まだまだ荒波に違いない。だって、魔術師ギルドの受付嬢と、王立騎士団の騎士、それも団長の電撃婚約だ。
それは、王国を巻き込む事件の幕開けでもあった。
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