予言と選択肢 4
力なくもたれるエレナを抱き上げて、足早に部屋へと向かいながら、レイは困惑していた。
いつもエレナの色を隠している髪紐と丸いメガネを外しているにも関わらず、エレナの髪はくすんだ水色をしている。うっすら開けた瞳の色も、グレーに変わっていた。
「魔力を使い切ったからなのか?」
そっと、ベッドに横たえると、パチリとエレナがレイを見据えた。
スミレ色の瞳は、美しいけれど、落ち着いたグレーの瞳の彼女も、愛しさに変わりがないのだと、その瞳を覗き込みながらレイは思い知らされる。
「レイ様……」
「エレナ?」
レイが、ゆっくりと起きあがろうとするエレナの背中に手を添えると、その背中は冷たい汗で濡れていた。
「どうしたんだ。何か怖い思いでもしたのか? 今、着替えを用意させ……。エレナ?」
一旦、エレナのそばを離れようとしたレイに、縋るように、エレナは騎士服の裾をつかんだ。
「行かないで……」
エレナがあまりに不安そうに告げるから、レイはマントを外してエレナの肩にそっと掛ける。そして、色は変わっても絹のような手触りはそのままの、その髪を優しく撫でた。
「レイ様……。レイ様に告げられた予言は、どんなものなのですか?」
「え? どうしたんだ急に」
「知りたいんです。……出来るなら、告げられた時の状況も詳しく」
いつも笑顔でいることが多いエレナには珍しく、その表情は険しい。
「分かった。聞いていて、気分のいい話ではないかもしれないが……。それでも構わないと言うのなら」
「お願いします。レイ様」
予言が告げられた時の状況は、レイにとって振り返りたくない思い出と紐付いている。だが、真剣な色を滲ませこちらを見つめるエレナを安心させるように微笑むと、レイは淀みなく語り始めた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
レイの運命は、数奇なものだった。
初めて予言が告げられたのは、母の胎内にいる時だったという。
赤銅色の瞳をした予言師は、ある日ハルト公爵家を訪ねてきた。そして、身重のレイの母に告げた。
『この子は、英雄になるでしょう。ただし、その姿は太古の王族の始祖の姿に影響される』
その言葉通り、幼いレイは、母の目の前で銀の狼に姿を変えた。その日から、家族は太古の王族の姿をとったレイを、誰よりも優先すると同時に、畏怖し遠ざけた。
それでも努力を続けたレイは最年少で騎士になり、誰よりも華々しい戦果を上げ続けた。
そうすれば、いつか両親が自分のことを真っ直ぐ見てくれるのではないかという思いがあったのは認めたくなくても、否めなかった。
そして、十年前、叔父のゴルドン卿と共にいた時、予言師は再びレイの目の前にふらりと現れた。
赤銅色の瞳は、予言を聞いていたという執事のジェイルからの情報通りだった。しかし、その予言師は、話とは違いまだ幼かった。おそらく、以前訪れたという予言師の血縁なのだろう。
幼い予言師はレイに告げた。
『狼の姿を初めて見た乙女を、あなたは愛するだろう。そして、その愛が得られなければ、死を迎える』
その時、騎士団に入団し、十五歳になっていたレイは、こう答えた。
「俺は、愛を信じない。つまり、その予言の通りなら、俺は死ぬということだろう」
「えっ。こんな男に、彼女をまかせるの?! いや、でも、あんなに幸せそうな笑顔は、この男と一緒の未来にしか見えないし……」
予言師は、独り言のように、よくわからないことを呟いた。
しかしそれは、紛うことなき、レイの本音だった。家族からの愛を得られず、騎士団に入団と同時に、屋敷を移ったレイにとって、愛などとても遠いものだったから。
『確かに、彼女と出会う頃、あなたに死の影が付き纏っているのが見える。だから、そう簡単に叶わない』
騎士になった瞬間から、覚悟はとうに出来ていた。だから、それほど興味など持たなかったのに、予言師は少しフードをずらして、赤銅色の瞳を露わにすると、全てを見透かすように、レイの瞳を覗き込んだ。
どういうことだと、問いかけようとした時、強い風が吹いて、レイのマントをはためかせた。
『もし純真で誰より可愛らしい彼女を不幸にしたら、永遠に後悔するほど恐ろしい予言を、何が何でも探し出してお見舞いするからなっ!』
その声だけは、なぜか年相応の恋敵に喧嘩を売る少年のように聞こえた。
そして、次に視界が開けた時には、もう予言師の姿はなかった。
「言いたいことだけ言って、去って行ったな」
幻影魔法で化かされてしまったように、呆然と誰もいなくなった空間を見つめるレイ。
いつでも、レイに手を差し伸べてくれていた叔父が、急に大きな声で笑った。
「ははっ! レイ、騎士になれば死ぬ確率は高い。真面目一辺倒のお前に、純粋で可愛らしい乙女か! 最高の予言だな」
「愛が得られなければ、死ぬなんて、馬鹿らしい。それは、たまたま死ぬ時期だったということでしょう。それに、最後のあれはひどい。もはや呪いだ」
「ふん、つまらん奴だ」
そんなことを言いながら、ゴルドン卿はレイの頭を子どもみたいにワシャワシャと撫でた。
それでも、予言は真実だったと思い知らされる。それは、それから十年経ったつい先日だった。
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「辛い思い出を、無理に聞き出したことお詫びします。でも、これでハッキリしました。予言師の予言は、私の幸せのためにレイ様の運命を変えてしまうものだったのですね」
「……悔しいが、予言師の言う通りだった」
「レイ様……」
エレナは、これ以上レイを巻き込まないと心に決めた。おそらく、予言師は幼馴染のラディルで間違いないだろう。
エレナの運命は、きっとレイと共にいなければ、暗い影を落としているに違いない。
だが、その直後、レイの言葉は、エレナの予想を大きく裏切るものだった。
「本当に悔しいな。エレナの純真さも可愛らしさも、あの予言師は、全て知っているような口振りだった」
「へ?」
「絶対に、俺がエレナを幸せにする。あの予言師に次に会った時には、エレナに関する予言は、俺のそばで、最高に幸せになることしかないと言わせる」
予想外の台詞に、瞳を見開いたまま、瞬きを忘れてしまったエレナの髪に、レイはそっと触れた。
「最高に幸せそうな笑顔を見せるなら、どうか俺のそばで」
その言葉は、まるで祈るようだった。
「愛があると信じるよ。確かにここにあるから」
「レイ様」
ポロリと溢れた涙を掬いとるみたいに、レイはエレナの頬に口づけを落とした。
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