予言と選択肢 3
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円卓にたった一人座ったエレナは、思わずそこに突っ伏した。
(思い出した。あなたのこと)
燃え尽きようとする故郷。その場所で、『エレナ。君は幸せになれると、予言は告げているから』そう告げた人の瞳は、確かに赤銅色だった。
「――――予言は外れることがないなんて、そんなウソ」
外れないのではない。
予言師は、人生が分岐する時に現れて、運命に沿った道に進ませるための言葉を告げるだけなのだ。
エレナは、可愛らしい狼と美しい精霊が描かれた絵本を持つ手に力を込めえる。
子どものために描かれたように見せたその本は、エレナに真実を伝えてくる。
予言が絶対なんて、そんなはずがないのに。
それでもきっと、『あなたは、この恋から逃げられない。受け入れてあげないと、お相手死んじゃうんで』という言葉がなければ、エレナは、身分が違いすぎるレイと関わり続けようなんて、思わなかった。
きっと、あの日危ないところを助けてもらったとしても、ついて行ったりしなかった。
運命の通りなら、レイは毒からは逃れても、不死鳥との戦いで命を落としたかもしれないけれど。
(レイ様を助けるだけなら、他の人に予言を告げた方が、効率がいい)
エレナの双眸から、透明な冷たい雫が次々こぼれていく。
もう、思い出した。まだ、弟のシリルがいて、幸せな故郷は鳥の声がさえずっていて、そこには仲の良い幼馴染がいた。
「予言が覆せないなんて、そんなウソ……」
あの混乱の最中で、赤銅色の幼馴染、ラディルが告げた言葉が、正確に蘇ってくる。
『エレナ。君は幸せになれると、予言は告げているから。必ず、エレナが、幸せになれる道筋を見つけてみせるから』
絵本の中の、恋した精霊と、神の御使いである銀の狼。その二人のそばにいるのは、精霊を見守る、予言師だった。
予言師は、確かに精霊に予言を告げた。
定められた、狼の姿の御使いとの幸せな未来。それは、決して覆ることのない予言に定められた未来だったように見える。
(でも、それは本当にたった一つの未来だったの?)
絵本の中では、真実が告げられていた。
そう、予言の道筋は一つではないのだと。
普段一つの大きな道である運命は、時に枝分かれする瞬間がある。
それを、あるべき位置に、整えるのが、予言師が与えられた役割なのだ。
(ラディルの言葉を思い出さなければ、気がつかなかったかもしれない)
予言師の言葉通りに、運命は変わり、精霊と狼はずっと幸せに暮らしました。
(よくある、御伽噺の終わりだわ。でも、変わらないはずの運命が、予言師の言葉で変わったと、最後にも描かれている)
おそらく、予言師しか知らない事実があるのだと、エレナは確信した。
予言師は、公平な存在でなければならない。いくつもの道筋の中で、関わる人間たちが、できる限り幸せになれる、一番大きな流れを告げるのが予言師に与えられた役割なのだ。
(ラディル……。どうして)
気がつけば、外は真っ暗になっていた。
立ちあがろうとしたエレナは、思わず座り込む。
その時、ガチャリと扉が開く音がした。
「エレナ!」
フワリと宙に軽やかに浮かんだような感覚がして、気がつけばエレナはレイに抱き上げられていた。
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