ギルド受付嬢は手配される 7
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出勤したエレナは、少しの疲労感を感じながら、バックヤードへと入る。
そこで、ギルド長の執務室の扉が、ほんの少し開いていることを疑問に思い、そっと中を伺いみた。
「――――おはよう、エレナ」
そこには、なぜか疲れ切った様子のローグウェイが一人でいた。
来客でもあったのだろうか。テーブルの上にはグラスが二つ。なぜか床にお皿が一つ。
「おはようございます。……もしかして、また一晩中夜更かしされていたんですか?」
「エレナ……。君ね、夜更かししたなんて、子どもを叱るみたいな言い方、やめてもらえないかな」
無理に笑ったように見えるローグウェイからは、やっぱり疲労がにじんでいる。
最近の不死鳥討伐、そしてエレナの不始末の処理と、普段から忙しいローグウェイの負担は増してしまっているに違いない。
本人はいつも飄々としているから、周りに忙しいなんて感じさせない。それでも、ギルドの事務仕事を請け負っているエレナは、どれほどローグウェイが仕事を抱えているのか、良く知っているのだ。
「今回は、どんな問題が起こったんですか? もしかして、またSランクの討伐依頼を一人で片づけてきたんですか?」
「エレナは、俺のことを何だと思っているのかな。常時そんなことしていたら身が持たない。いくら、夜の討伐なら、俺が適任なのだと言っても」
エレナはそこまで聞くと、たぶんローグウェイが今日、寝不足になってしまった理由を話す気がないことを察して、黙って濃い目のコーヒーを入れ始めた。
「……私にできることは、ないですか?」
「う~ん。今のところは、ないかな」
ローグウェイは、「君が当事者なんだけどね?」という言葉は、辛うじて飲み込んだ。その事に気が付かないままのエレナの手から、そっと湯気が立ったコーヒーが、ローグウェイの目の前に置かれた。
「――――ところで、手配書が出回っているんだけど」
「へぇ……。賞金首か何かですか? 魔術師ギルドのほうに来たってことは、正体不明ってところでしょうか」
「うん。まあ、褒美を与えたいという内容なんだけど、所属不明の魔術師で、パールブルーの髪とスミレ色の瞳をしているらしいよ」
「ぷはっ?!」
エレナは、ミルクたっぷりに入れた自分の分のコーヒーを、思わず吹き出しかけた。
その人物には、思い当たりがありすぎる。
しかも、ローグウェイが手にした手配書に書かれているのは、間違いなく第二王子リヒト・ベルランドの直筆サインだった。
そして、もちろんエレナの恩人であるローグウェイは、その手配書が示す人間が誰なのか、誰よりも理解しているのだ。
「――――あの」
「――――だから、できることはないかと考えるなんてやめろ」
「……ギルド長。どうして、私のことを差し出さないんですか」
「どうして俺の大事な部下を差し出さなければならない」
エレナは、珍しく語尾を強めたローグウェイの言葉に、失言を悟る。
(ギルド長は、なぜかいつも私のことを守ってくれた。理由はわからないけれど)
「申し訳ありません……。ただ、第二王子は、ローグウェイ侯爵家が後ろ盾になっているお方。魔術師ギルドの実質の……。もし、隠していたことが分かってしまったら、ギルド長の立場が」
王族に歯向かうなんて、もしかしたら、命だってとられてしまうかもしれないと、エレナは思う。
ただ、あの日からずっと受けている恩を返したいと、魔術師ギルドにとどまっていることが、逆にローグウェイの負担になっているのだろうか。
その瞬間、エレナは未だかつて見たこともないローグウェイの姿を見た。
いつもの切れ長で冷酷な印象を時に与える瞳が、大切なものを慈しむように細められ、その口元が綻んだのだ。
「これは、俺が好きでやっていることだ。エレナは、大事な部下だからな」
たしかに、いつでもギルド長としてのローグウェイは、部下を第一に守ってきた。そのことで、何度も矢面に立たされても、ローグウェイの姿勢が変わることはなかった。
そのことを、エレナは知っている。
「――――この場所は、少しは人間らしく生きていると俺に信じさせてくれる。たった一つの、大事な場所だ。だから」
「……ギルド長」
いつもの様子とは何かが違うローグウェイに、エレナは戸惑う。
こんな風に笑う人だっただろうか。まるで、何かが吹っ切れてしまったように感じて、エレナは途端に胸騒ぎを感じるのだった。
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