ギルド受付嬢は手配される 6
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エレナが目を覚ましたころと、ほぼ同時刻。
魔法紙にレイが書いた手紙は、魔術師ギルド長の手に渡っていた。
「――――直接会いたいと願うか。王立騎士団長自ら、天敵のはずの魔術師ギルドの長に」
深くかぶっていたフードをパサリと落とせば、漆黒の髪とまだ仄かに赤い光を宿したままの、黒い瞳が現れた。そのまま、ギルド長ローグウェイが、魔法紙に返事の代わりに魔力を流せば、黒い炎とともに紙は灰も残さずに消えた。
証拠が完全に消えたことを確認して、ローグフェイはため息を一つつく。
「……ところで、君のほうは、団長様と違って人目につかずに会うとか、事前に連絡するという選択肢、ないのかな? それにしても、その姿でいつも公衆の面前に堂々現れているけど、誰かに正体を気が付かれてしまったらとか、考えないのか?」
振り返ったギルド長の執務室には、赤い色身を帯びた薄茶色の狼がいる。その毛色と同じ色をした瞳がギラリと光り、敵意むき出しのその口からはとがった牙がチラリと見えている。
ローグウェイの言葉は、心の奥底からの疑問だ。
それは、いつも感情を押し隠して生きているローグウェイにはありえないことなのだが、いつもの当たり前にすら狼は気づかせずそこにいる。
「――――なぜ、夜中に団長殿の屋敷の周囲をうろついていた」
「……何のことかな?」
「周囲には見えないようにしていても、あいにく俺は鼻がいいんだよ」
「……そうか。簡単に気が付かれてしまうのは、エレナ以来だな。そうなると、当然団長様も気が付いていたのかな?」
認識阻害の装備で身を固めたローグウェイに気が付くことができる人間は、魔術師ギルドでも片手に数えるほどしかいない。上級魔術師アーノルドですら、本気で見つけようとしていなければ、素通りしてしまう可能性がある、そのくらい、身に着けている装備には強い効力があるはずだ。
「さっきの質問に答えるが、あんたのほうは、自分の姿すべてを認めることができないのか?」
その言葉は、エレナがあの日、赤く変わった瞳を真っすぐ見て笑った、あの瞬間くらいの衝撃をローグウェイに与えた。
「――――その言葉からすると、リドニック卿は、自分のその姿を受け入れているように聞こえるが?」
「ふーん、俺の正体知っていたのか? 聞こえるも何も、こちらが俺だといってもいいほど気に入っているからな」
「そうか……。変わっているな」
「俺は、どんな姿でも、俺だ」
フンッと鼻息荒く答えたジャンの言葉に、その姿を敵に見せて弱みを握られてよいのかとでも言い返そうとしていたローグウェイは声を吞む。
「――――ところで、この場所で、その団長様と会う約束をしているのだが」
「え……? 団長殿が、こちらに来るのですか?!」
とたんに落ち着かない様子になった、赤い狼の姿を見て、ローグウェイは、自分らしくもなく場の空気を完全に支配されていたことに、ようやく気が付く。
平静を取り戻せば、いつものローグウェイ侯爵家の人間としての余裕を取り戻すことができた。
「その様子だと、団長様のお許しを得たわけではないようだな」
「――――ち。今日はこれくらいに」
負け犬の遠吠えに近いような台詞を残して、クルリと尻尾をローグウェイに向けたジャンは、しかし古竜に睨みつけられたかのようにその動きを止める。
「ジャン・リドニック……。気配がしたのは気のせいと思いたかったのに、またか」
そこに立っていたのは、レイ・ハルト。一対一で近距離に近づけてしまったが最後、王国随一の魔術の実力を持つローグウェイでも、その身を守るのは難しいだろう。
それは、本能からの警告のようで、すでに間合いに入ってしまったことを理解したローグウェイの心胆を寒からしめる。
「あ、あの。これはですね」
「――――考えなしの行動はお前だけでなく、お前を取り巻く人間すべてにとって命取りだと、何度も教えてきたはずだが?」
臨戦態勢に入っていたのも束の間。すっかり毒気を抜かれてしまったローグウェイは、どこかコミカルな上司と部下のやり取りを止めることもできず、まさか、これもレイの戦略のうちなのか「いや、まさかな」と、しばし見つめているしかなかった。
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