ギルド受付嬢は手配される 5
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まだ空が白み始めたばかりの早朝、目を覚ましたエレナの横には、モフモフの感触はなかった。
そのことに、少しの落胆を感じながら、エレナは布団から起きだす。
「――――エレナ様。入ってもよろしいでしょうか」
エレナが起きだしたことを察したらしい侍女から声がかかる。
(そんなに音を立てたつもりもないのに、良く起きたって分かるわね)
これがプロというものなのかと、妙に納得するエレナの耳に、少し低めのその声は心地よく響いた。
「はい。どうぞお入りください」
入ってきたのは、昨日見かけた、金の髪の毛をポニーテールにした、エレナと同じ、十代後半くらいの年若い侍女だった。若いことはわかるが、その身長は高く、エレナと頭一つ分以上違う。
「――――リフェルと申します。本日から、エレナ様専属の侍女となりました」
こげ茶色の瞳を、優雅に細めたリフェルは、エレナでもドキリとしてしまうくらい魅力的だ。
「は。……は? …………リフェルさん、専属って何のことですか?」
「だん……ゴホン。旦那様のご指示です。どうか私のことは、リフェルとお呼びください」
けれど、なぜか彼女のことを呼び捨てにすることは、レイが好まない予感がした。
その理由もわからないままに、「いえ……。リフェルさんで、お願いします」とエレナは答える。
「かしこまりました」
(リフェルさんが、なぜか少し残念そうな顔をしたような?)
それにしても、レイはその身に受けた予言により、屋敷の従業員に年若い女性は雇っていなかったはずだ。
(それなのに、どうして急に……)
銀の狼の姿を、すでにエレナに見られてしまったから、これからは、もう構わないということなのだろうか。エレナの心を、咲いていた美しい色の花が、しおれていくような感情が占める。
「そもそも、専属の侍女って……。私は、ただの」
「ただの? エレナ様は、旦那様の大切なお方なのですから」
(大切な……?)
エレナは、その言葉の意味を反芻する。
そばにいられればそれでいいのだと、思っていた。
それなのに、レイのそばに若い侍女がいたという事実だけでも、動揺と、ほの暗い気持ちを消すことができない。
(これくらいのことで動揺していたら、いつかレイ様が身分の釣り合う女性と結婚された時、困る)
レイがエレナのことを愛していると告げてくれたことは、人生で最高に幸せなことだ。
けれど、その先の未来まで夢見てしまってはいけないとエレナは思う。
(昨日、改めてレイ様と私は、住む世界が違うと、再認識したから)
レイの恋人になれたことは、奇跡に近い。妻になれるとは、とても思えなかった。
だから、そんなエレナに専属の侍女と言われても、戸惑うことしか出来ない。
「さ、お支度をいたしましょう?」
リフェルが、ほほ笑んだとたん、複数の侍女たちと侍女長が「失礼します」と、部屋に入り込んできて、なぜかギロリとリフェルをにらみつけると、部屋から無理やり押し出した。
「さ、エレナ様。お支度をいたしましょう」
「え? あの、リフェルさんは……」
「ああ、リフェルのことはお気になさらず。お召替えが終わりましたら、またエレナ様の身辺をお世話させますので」
「え? あの……。ところで、制服を着るだけだから、お手伝いしていただかなくても」
しかし、その言葉が聞き入れられることはなかった。
丸い眼鏡と、魔法の髪紐は、確かに身に着けて、エレナの容姿はくすんだ水色の髪の毛と、グレーの瞳へと変わる。
けれど、髪の毛はきっちり結ばれていても、毛先が緩く巻かれているし、うすく化粧まで施されてしまい、どこか、いつもの印象とは違う姿にされてしまった。
「あの……。これから仕事だから」
「これくらいは、普通のことですよ。ほかのギルド受付嬢になど、負けないで下さいませ」
「あ、はい」
押し切られるように、言われてしまえば、エレナはそれ以上何も言えなくなってしまう。
どちらにしても、もう仕事に行かなくては、ギルドの受付が開く前に、在庫の確認をする時間が無くなってしまう。
部屋を出た直後から、なぜか、エレナの数歩斜め後ろには、ぴったりとリフェルがついてくる。
さすがに、侍女服は着ていないようだが、背が高く美しい彼女は、シンプルなシャツとズボンという姿でも、とてもよく目立つ。
「あの……。仕事に行くんですが」
「お気になさらず。仕事の邪魔は、致しませんので」
その言葉通り、ギルドの中まではさすがについてくることはなかった。
けれど、ヒラヒラと手を振ったリフェルは、屋敷に帰るつもりもないらしい。
「行ってらっしゃいませ」
「は、はい」
こうして、レイの屋敷から出勤してしまったエレナは、いつも通りの日常へと戻っていくのだった。
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