ギルド受付嬢は手配される 4
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くぅくぅと、可愛らしい寝息を立てながら、眠るエレナを愛おしげに見つめていたレイは、トンッと静かにベッドから降りた。
「はぁ。それにしても、何の我慢比べだ」
狼の姿なのに、その表情は誰が見ても、苦笑していた。レイは、エレナに手を出すつもりはない。
大事に守り続けたいのだ、今は。
「それにしても」
グイッと体を伸ばして、軽く上を向いた時に、レイの姿は、元の空恐ろしいほどの美貌を持った、王立騎士団長の姿になっていた。
変わらないのは、銀に輝く髪と、ギラギラと時に獰猛に光る金の瞳だけ。
鬱陶しげに、前髪をかき上げるレイが、近づいた机の引き出しには、一枚の姿絵が収められている。王族から各方面に配られた、手配書だ。
といっても、その人物が、何か罪を犯したというわけではない。むしろ、褒賞を与えたいので探してほしいという程度の触れ込み。
「パールブルーの髪に、スミレ色の瞳をした、所属不明の魔術師。顔は不明、年齢も」
それが誰なのかもハッキリしないのに、わざわざ第二王子の直筆サインが施されたその紙は、とても異質だ。
だが、王都にいる、一部の者にはそれが誰か分かるだろう。あの日、エレナは王都の門を通るために、あえてその姿を晒し、無所属の魔術師と名乗ったと、レイは耳にしていた。
「解毒の魔法薬を騎士団に届けたことで、すでにエレナは、目をつけられている」
第二王子がエレナの本当の姿にたどり着くのは、時間の問題だ。金の瞳は、交戦的に輝く。
「……服を買ったのは、俺が直接経営に関わった店だ。店員も、ハルト公爵家の関係者。しばらくは、問題ないだろう」
王立騎士団の中にも、口を割るものなどいない。いたとすれば、それは団長であるレイの責任だ。
エレナの元の姿を知っているのは、レイと関わったあの日まで、魔術師ギルド長ディアルト・ローグウェイだけだった。
そして、エレナの公の調査書は、全てが並だと記されていた。そんなことができるのは、ギルド長であるローグウェイだけだろう。
明らかに、そこにはエレナを隠し、守ろうという意図が感じられた。
「王立騎士団と、魔術師ギルドが確執があるのは事実だが、会わないわけにもいかないか」
ギルド長ローグウェイが、エレナを守ろうとしていたのは、間違いないのだ。秘密裏に会う手筈を整えるべく、レイは魔法紙にペンを滑らせ始めた。
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時を同じくして、夜の闇の中、黒いローブと黒い皮の手袋、そして嘴のように口元が尖った白い仮面の男が、レイの屋敷を遠くから眺めていた。
月も出ない真夜中であるという理由だけではなく、その姿は誰の目にも止まらない。
例外として、強い魔力をその身に持つ者だけが、認識阻害の魔道具に包まれたその姿を見ることができるだろう。
「あの日、俺の姿を確かに認識した君に、興味を示したのが始まりか」
赤銅色の瞳が、その男の脳裏をよぎる。それは、彼女と出会う直前に、接触してきた幼い予言師が、フードの奥から覗かせた瞳だ。
『この後、初めに君を見つけた人を守ればいい。そのあとは、波乱の人生なのは変わらないとしても、少しは人間らしく生きられるだろうから』
予言の通りに行動してしまったのは、ほんの気まぐれだった。少しだけ、興味が湧いたから、助けようかと思っただけだ。
それと同時に、人間らしく生きられるという言葉は、その男にとって何よりも渇望する願いだった。
今夜のように月も出ないあの日、見つけた少女は、フードを深く被っていても、髪と瞳が常人とは違い、強い魔力を帯びていることは、すぐに分かった。
そして彼女も、認識阻害で隠しきっているはずの彼の姿を、真っ直ぐに見つめた。涙に濡れたその瞳は、スミレ色で、絶望を宿しながらも、あまりに澄んでいた。
「珍しい。髪だけでなく瞳もか。よく今まで生き延びてきたものだ。……俺と来るか?」
思わず、そう声をかけていた。
ただの気まぐれだ。誰も信じず、誰からも認識されないように生きてきたはずだった。
それが、彼にとっての予言が示す、運命の始まりだった。
「……レイ・ハルト。彼女を守り、幸せにできるなら、俺はただ見守っているよ。だが、もし彼女を守りきれないと判断した時には」
あの、光が見つからない路地裏で、白い仮面が、ほんの一瞬外されたのは、気まぐれか、運命か。
そこに隠されていたのは、闇夜に浮かぶピジョンブラッドルビーのような、見る者を畏怖させ、魅了する瞳だった。
その男の知る限り、世界中で彼女だけが、あの日、その瞳をまっすぐ見つめて、「きれい」だと無邪気に微笑んだのだった。
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