ギルド受付嬢は手配される 3
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レイの屋敷に着くと、用意されていた部屋着に着替えさせられ、なぜかレイの部屋に押し込まれる。
(あれ? 若い侍女さんが、一人いる?)
レイは確かに、屋敷の女性従業員には、既婚者しかいないと言っていたのに、ドアが閉まる瞬間、エレナの視界の端に、金の髪をポニーテールに結んだ背の高い侍女が映った。エレナと同じくらいの年だろうか。
「エレナ、食事を中断させてしまってすまなかった。軽食を用意してあるから、食べるといい」
エレナは、そのことを聞こうとしたが、読みかけていた、分厚い本を音を立てずに閉じると、レイは食事を勧めてきた。
部屋の中のテーブルには、温かいスープや魚料理、白い焼き立てのパンが用意されていた。
「今日は、お肉じゃないんですね」
途端に俯いてしまったレイに、エレナは失言をしたのかと内心慌てる。これでは、肉ばかりは嫌だと言っているようなものではないか。
「……あの店で頼んでいたのが、魚料理だったから」
「貸切にしてしまった時に、聞いたのですか?」
「そう……。うわ、考えれば、考えるほどあまりに余裕がなくて、格好がつかないな。……ただ、あの店はハルト公爵家の関連だ。そのせいで俺が店に入った途端に、貸切になってしまったんだよ」
ハルト公爵家は、大きな商会との繋がりが強い。潤沢な資産を持つことで知られている。
なるほど、と納得しかけたエレナに、ようやく顔を向けたレイが、ふと笑う。
「まあ、そうでなくても、貸切にしてしまったかもしれないな」
どちらにしても貸切にしてしまったらしい。たぶん、住む世界が違うレイには当たり前の、エレナにとっての非日常だ。
「いや、とにかく冷めないうちに食べて欲しい。我が家の料理も、あの店に負けないはずだ」
確かにレイの屋敷で出される食事は、どれも美味しい。そして、貴族の食事にありがちな、妙に贅沢な物ではなく、温かい素朴な料理が多い。
パクリと口に含んだ柔らかいオレンジ色のスープも、体を気遣うような、優しい味がした。
今日一日働いたエレナは、思っていたよりもお腹が空いていたらしい。優しいその味に、途端に空腹を自覚して、パクパクと食べ始める。
今日も、小さくちぎった白いパンを、無言のままリスのようにモッモッと食べるエレナを嬉しそうに見ながら、レイも食事に手をつけ始めた。
レイの屋敷で食べる食事は、どれもとても美味しい。でも、それは使用人たちの料理の腕がいいからだけではないだろう。
(一緒に食べているから)
途端に赤くなりかけたことを自覚したエレナは、食べることに集中することにした。
ほとんど食べ終わったところで、それまで黙って食べていたレイが、少しためらった後に、口を開いた。
「……エレナ、仕事はどうだった。いつもと変わりはなかったか?」
そんなエレナを優しげに見つめていたレイが、急に表情を改めて質問してきた言葉に、エレナは小首を傾げる。
「混んではいましたが、特には」
「……見かけない人間が、来たりしていなかったか?」
エレナは、記憶を辿る。
強力な魔力を持たなければ、しかも属性の精霊たちに愛されて、魔法を授からなければ魔術師にはなれない。
だから、王都の魔術師ギルドであっても、所属する魔術師の数は、そこまで多くない。エレナも、所属している全ての魔術師を知っているわけではないが、今日見たのは顔見知りの魔術師ばかりだった。
「ああ、そういえば、ギルド長に、来客が来ていましたね。服装からして貴族だと思います。少し話をして帰りましたけれど」
「……そうか」
でも、ギルド長は庶子とはいっても、ローグウェイ侯爵家の人間だ。それは、特に珍しいことでもなかった。
それなのに、レイの表情が優れないのが気になったエレナが、声をかけようとした瞬間、その変化は現れた。
(この姿を見るのは、なんだか久しぶりだわ)
誘われるように、エレナはレイの側へ、フラフラと近づいていく。銀の毛並みは艶やかで、ふわふわで、期待通りの手触りをしているのだ。
「ほら、こちらにおいで?」
その姿のレイに誘われてしまえば、エレナに断る術などない。
(そういえば、一人で寝るのがずっと当たり前だったのに、ここ数日寂しくて仕方なかった)
気づかないようにしていた事実に気がついてしまったのも束の間。エレナは、ジャスミンティーのような優しいレイの香りに包まれて、深い眠りへと落ちていった。
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