ギルド受付嬢は手配される 1
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「ふぅ……。初日から忙しかったわ」
「エレナ、復帰祝いも兼ねて、一緒に食事しましょう」
「わ。喜んで!」
そういえば、予言師と出会ってしまったのは、少しのお酒が入ったフィルとの食事会の帰り道だった。
あの日からの、目まぐるしい運命の変化に、エレナは思いを馳せた。
(――――レイ様の窮地は救ったし、一応恋人になった……。だから、予言通りになったのよね)
ここ最近に思いを馳せれば、確かにエレナと出会わなければ、きっとレイは、毒と不死鳥との戦いで2回は死んでいただろう。
けれど、エレナは知らなかった。
運命は、荒波ばかりだという意味を。
そして、人生は長い。
レイとはお互いの気持ちを確認しあっただけの話で、恋人というには、まだまだ何一つ進展していないのだということを。
「さ、行きましょう?」
「うん、フィル。今日はお魚が食べたいな」
「あれっ? お肉派のエレナが珍しいこと言っている」
だって、あれからお肉ばかり食べている気がするのだ。
レイは、気を使ってエレナが食べやすいものを用意してくれている。
でも、ジャンがエレナとの約束を守って、きちんと連絡をしてからレイの屋敷に訪れるようになった弊害として、お肉率が高いのだ。
「――――エレナ。心配していたけれど、なんだか幸せそうだよね」
「んっ……? うん、そうかも」
大きな瞳を、キラキラとさせて、フィルがエレナの手を取った。
「よぉし! 今夜は飲み明かすわよ!」
「えっ、それはさすがに」
だって、そもそも、飲んでいなければ、予言師の言葉になんて耳を貸したりしなかっただろう。
いくら、レイ・ハルト騎士団長が、姫君の一人と婚約するのだという噂を聞いて、少なからずショックを受けたからといって。
フィルが連れて行ってくれた店は、まだ珍しい魔道ランプが光る、少し高級感がある店だった。訪れている客層も、貴族や裕福な平民が多いようだった。
「ね……。ずいぶん、高級そうな店だね」
「うん。そうね。でも、こんなのもたまにはいいでしょう?」
案内された席は、半個室になっていて、落ち着いた印象だった。
「だって、聞かなくちゃ。予言のこと」
「――――予言」
「そうよ、どう考えても、エレナが巻き込まれた一連の事件の幕開けは、あの怪しげな予言師の予言から始まっているでしょう?」
赤銅色の瞳だけがチラリとローブから見える予言師。
たしかに、怪しげではあったけれど、あの予言師は、間違いなく本物だった。
予言師は、誰もがなれる職業ではない。
だって、予言の力は生まれ持ったもので、その力を持った者だけが、予言を告げることができるのだから。
「赤銅色の、瞳」
エレナは、何かを忘れているのではないかと、そっと下唇をつまんだ。
赤銅色の瞳は、なぜか以前どこかで見たことがあるような気がしたのだ。
(あれ? 何か大事なことを忘れている?)
そもそも、予言が告げられたのは、今回が初めてではないのだ。
エレナの幼い頃の記憶が、どこか曖昧なのは、おそらく燃えてしまった故郷や、弟や家族を失ったショックからなのだろう。
そういえば、エレナにはとても大事な友人がいた。幼馴染とでも呼ぶべき存在で、いつも弟のシリルと一緒に遊んでいた。
(確かにいたのに、思い、出せない)
今まで、エレナは故郷の記憶には、あえて触れずに過ごしていた。
ズキン、ズキンとこめかみのあたりから、頭痛が広がっていく。
「うっ」
「……エレナ?!」
その瞬間、赤銅色の瞳が強く思い出されて、同時にひときわ強い頭痛がエレナを襲った。
赤々と空を照らして燃え盛る森と、家、人々の悲鳴。
『エレナ。君は幸せになれると、予言は告げているから』
(誰? あの時励ましてくれたのは。あの時のこと、思い出したくない……。でも、このままじゃダメなの。思い出さなくちゃ)
「フィル、心配かけてごめんね? 平気……」
その瞬間、フィルが茫然と瞳を見開いた。
なぜ急に、そんな顔になったのかと思った瞬間、そっと瞼が両の手で塞がれる。
「失礼する」
「――――え? レイ様」
エレナの後ろには、いつの間にかレイが立っているらしい。何故ここにいるのかは、分からないけれど、その声を、エレナが聞き間違えるはずがないのだから。
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