並の受付嬢と救国の英雄たち 2
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「えーと、これはどういう状況でしょうか」
いくつかの魔法薬の在庫は、確かに少なくなっていた。
けれど、今すぐ在庫が尽きてしまうこともなさそうだった。
エレナは、慣れた手つきで、納品依頼書を複数作成すると、受付へと顔を出す。
そこには、予想外に長蛇の列が出来上がっていた。
「――――え? 私の受付ですか」
「エレナ! あなた指名の魔術師で溢れかえっているわ」
相変わらず、多人数の魔術師が並んだ列を、慣れた手つきでさばきながら、フィルがエレナに声をかける。いつも、エレナの受付には、数人ずつしか並んでいないのに、いったいこれはどういうことなのだろうか。エレナは、首をかしげながら、受付に立った。
「……アーノルドさん、これはいったい」
エレナは、少しずれてしまった丸い眼鏡の位置を直し、一番前に並んでいた、アーノルドに質問した。
「エレナのことを、待っていたに決まっている。エレナは、ほとんど皆勤賞だったからな。お前に選んでもらうと、依頼の成功率が高いんだよ」
「え? 誰が選んでも、同じに決まっているじゃないですか」
しかし、エレナを指名している魔術師の数は、フィルには及ばないまでも、誰もがレベルが高い。そして、他に類を見ないほど、癖がある人間が多い。
その一人一人に合った依頼を吟味していることや、討伐対象の魔獣の弱点や、地形、そのほかの注意点など、事細かに調べ上げていることから、エレナから受けた依頼の成功率が高いのは、当然のことなのだった。
しかし、エレナが選んでくる依頼は、花形の依頼というよりは、少し癖があり、誰もがこなせるものでもない。結果として、ギルドは焦げ付いた依頼を捌くことができるし、依頼を受ける側の魔術師にとっても、自分にしかできない仕事が割り振られる結果になっていた。
実力はあるものの、アーノルドのように氷属性だけは誰よりも強いが、能力に偏りが強いような魔術師は、エレナのありがたさを知っているのだ。
だが、それだけでなく、エレナが依頼を斡旋した魔術師は、今のところ誰一人欠けていない。
不思議なことに、絶体絶命のピンチになったとき、小さな幸運が起こって、九死に一生を得るのだ。それは、エレナから依頼を受けた魔術師だけが知っている小さな奇跡だった。
アーノルドをはじめ、ほかの魔術師たちは、そのことを決してほかの誰かに伝えることはなかった。
凄腕の魔術師である彼らは、そこに不思議な力が働いていることを、察しているからだ。
しかし、エレナから依頼を受ける魔術師は腕利きが多く、必然的に依頼は高レベル。困難な案件が多いことから、達成までに時間がかかる。エレナが、並という評価を得ているのは、結果として一日の受付人数が少ないからなのだった。
「えっと、ではアーノルドさんは、こちらの火属性のトカゲが大量発生してしまったという、辺境の討伐依頼なんていかがでしょうか? 往復に時間はかかりますが、おそらく討伐自体は、氷魔法特化のアーノルドさんなら誰より効率的で早く終わると思います。報酬に、以前欲しがっておられた、氷結睡蓮の蜜が追加されています」
「――――それを受けよう」
続いて現れたのは、浅黒い肌、お揃いのベージュ色の髪をした小さな双子の兄妹だった。
小さく見えても、年齢はエレナよりはるかに上だ。魔術師には、訳アリの人間が多い。
二人は以前、不老不死の実験中に若返りすぎてしまったという噂だが、真意は定かではない。
一流の調合の腕を持っているのだが、体力がないためか、好みの問題か、決して討伐依頼は受けない。しかし、上級魔術師の称号を持っているのだから、攻撃魔術の腕も勿論高いのだろう。ここ最近は、誰も見たことがないのだが。
「ピットさんとペティさんは、こちらの調合依頼などいかがでしょうか。材料は、なんと先日の不死鳥が落としていった羽ですよ」
「「受ける!」」
依頼の報酬すら聞かないまま、ピットとペティは、依頼書を奪う勢いでサインをすると、テンション高く出かけて行った。
次々と、少し風変りだったり、訳ありだったり、ピーキーな才能を持った人間がエレナの元を訪れては出かけていく。
それでも、エレナの評価は、すべてが並だ。
髪と瞳の色が隠されて、さらに後ろに結んだだけの髪と、化粧っ気のなさ、大きなメガネのせいで平凡に見える容姿は並。
作る魔法薬は、効能が優れていても、副作用が強く並。
ギルドの依頼達成人数も並。
実際に並としか評価できない、魔法の腕前はともかく、エレナの評価はすべてが並だ。
だが、エレナのことを本当に知っているものからすれば、それは違和感しかない結果だ。
それでも、エレナに関わった人間は、その意味を察し、決して語ることはない。
こうして、今日もエレナの平和は、秘密裏に守られているのだった。
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