恋の予言と魔法薬 3
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ほどなく、解毒の魔法薬が完成した。
ギルドの受付が、開いてから一時間ぐらいたっているだろうか。
「これだけあれば、問題ないわよね」
完成した魔法薬は、三十回分くらいはある。
(解毒の魔法薬なんて、売れても一日五本程度。在庫は店頭に出してしまったけれど、これだけあれば、納品依頼を出して、届くまで十分足りるはず)
それにしても、ギルドのカウンターが、騒がしい。
(ものすごく混んでいるのかな。でも、その割には誰も呼びに来なかったし……)
いったい何が起こっているのか、いぶかしく思いながらエレナはバックヤードからちらりと顔をのぞかせた。
「おいっ、解毒の魔法薬が全くないってどういうことだ!」
大声をあげて、受付係のフィルに詰め寄っているのは、赤みを帯びた薄茶色の髪と瞳をした、一人の騎士だった。王立騎士団の鎧を着ている。遠征から戻ったばかりなのだろうか、マントも鎧も汚れたままだった。
「……あの、先ほどすべて売れてしまったのです」
「――――いくら、王立騎士団と魔法ギルドが、犬猿の仲だからって、そんなデタラメを言うな! 王都すべての、解毒の魔法薬がないのも異常だが、この場所にないはずない……っ」
確かに、王都中どころか魔術師ギルドにすら、魔法薬の在庫がないなんて、異常だった。
こんな場合、ほとんどの場合大きな組織や権力者が関与している。
騒いでいた騎士が、急に動きを止めた。そして、その鼻がヒクリと動いて、口元からとがった犬歯がのぞく。
「ほら、在庫がないなんて嘘じゃないか。そこから、解毒の魔法薬の香りが漂っている」
カウンターを簡単に飛び越え、次の瞬間にはエレナの目の前に、その騎士が立っていた。
どちらかと言えば、背の小さいエレナを、にらみつける騎士は殺気立っている。
それでも、魔術師ギルドの職員をしていれば、それなりに荒事にだって出会う。エレナは、きょとんとスミレ色の瞳を見開いただけだった。
「えーと、あの、解毒の魔法薬ですか? たった今、完成したばかりなので、まだ計量と瓶詰め作業が終わってないのですが……」
「なんでもいいから、早く売ってくれ! そうだ、計量作業は、騎士団でしてくれればいい。あんたも来てくれ」
「えっ、えっ……。ひえぇ?!」
エレナが持っていた魔法薬の詰まった大瓶を、ひったくるように掴むと、その騎士は荷物のようにエレナを担ぎ上げる。
誰がどう見ても、魔法ギルドの職員を、王立騎士団の騎士が連れ去る構図の完成だ。
(ど……どうしよう。このままでは、魔法ギルドと王立騎士団の全面戦争の火種になってしまう!)
「待ってください! 一緒に行きますから、一、二分だけ時間をください!」
必死にお願いすれば、露骨に眉間にしわを寄せたけれど、騎士は、エレナをおろしてくれた。
まず、最初にエレナは、目深にフードを被って、目立ちすぎる髪と瞳を隠した。
認識阻害の魔法が込められているフードを被れば、一般の市民には、エレナが魔術師ギルドの職員だと気が付かれることはないだろう。
エレナはそのまま、カウンターに近づくと、自分の名前の横の札を、赤字で書かれた緊急案件対応中にする。この札は、正式な依頼を受けて、ギルド職員が有事の際に対応するときのものだ。
「さ、これで、双方合意のもとに、騎士団に魔法薬を届けることができますから」
にっこりと笑いかけたエレナの笑顔は、フードのせいで口元しか見えていなかっただろう。
一瞬、その騎士はあっけにとられたような表情をした。そして、八重歯をのぞかせて「フハッ」と豪快に笑った後、「真面目だな、あんた」と言って今度は、丁寧なしぐさでエレナを横抱きにした。
笑った瞬間、妙に人懐っこく見えるようになった騎士を、見つめながら「逆に目立ってしまうのでは?」という言葉を伝えそびれたまま、風のように走り出したその首元に、エレナは縋り付くしかなかった。
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