遠い距離と銀の毛並み 2
パレードの音が、近づいてくる。
エレナは、王都のメインストリート沿い、三階の小さな部屋を借りている。
一目見たさに負けて、髪を魔法の紐で結び、メガネをかける。そのまま窓を開け放つと、パレードの先頭がちょうど真下を通るところだった。
遠目でも目立つ、銀の髪。
ぬいぐるみで、無意識に顔の下半分を隠して、窓に近づいたエレナは、瞬時にレイの姿を捉えた。
(でもきっと、目立たない色でもすぐに見つけた)
「え……?」
たぶん、パレードをしている側からは、沢山の人間が視界に入って、地味な容姿のエレナは景色と同化しているはず。
それなのに、確かにレイは、エレナをすぐに見つけて、その証拠に騎士団長としての厳しい表情を一時緩め、微笑みを浮かべた。
すぐに前を向いてしまったから、周囲は気がつかなかったかも知れない。
(気のせい……? 私の部屋を、教えているわけでもないし。そんなすぐに見つけられるわけ)
アーノルドも隣にいたけれど、エレナに気が付かなかった。
遠くで歓声が、聞こえる。
エレナは、ズルズルと窓枠の下に座り込む。
真っ赤に染まった顔は、誰にも見られることはない。今は、いつも隠したいと思っていた髪や瞳の色よりも、この顔の火照りを、誰にも気が付かれたくなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
パレードの先頭で、己の役目に忠実に手を振っていた時、レイの視界にエレナが映った。
エレナが抱きしめているのは、レイが狼に姿を変えた時にそっくりな、ぬいぐるみだった。
レイは、自分でも気がつかないうちに微笑んでいた。
無事な姿を見た安堵。
ぬいぐるみを抱きしめる姿への愛しさ。
そして、今すぐそばに駆け寄りたい高揚感。
それら全てを抑え込むため、表情をすぐに引き締めて、レイは前を向いた。
「たとえ、どちらの色のエレナでも、きっと俺はすぐに見つけてしまうのだろうな」
誰にも聞き咎められないように、小さく小さくつぶやいた言葉。
その言葉は、レイ自身にだけ聞こえて、聞こえた言葉が気持ちを再認識させる。
認めるしかないのだろう。それは、決して存在しないと思っていたものが、レイの心を占領してしまった証拠なのだから。
今すぐに、パレードの隊列を抜け出して、抱きしめて、無事を確かめたいという気持ちを心の奥底に押し込む。
おそらく、この後の国王陛下への謁見には、ハルト公爵だけでなく、ローグウェイ侯爵も参加しているに違いない。
魔術師ギルド長、ディアルト・ローグウェイは、ローグウェイ侯爵の庶子だ。
王国の剣がハルト公爵家だとすれば、ローグウェイ侯爵家は、王国の魔術の源。そして、正妃を排出したハルト公爵家は、王太子派であり、ローグウェイ侯爵家は、第二王子派でもある。
不自然なほど、遅くなって駆けつけた、魔術師ギルド。その理由は、王命が届かなかったせいだと聞き及んでいる。
「王都の危機に、そんな馬鹿なことがあるか」
魔法薬を持ったエレナが、身の危険も顧みず、駆けつけていなければ、おそらくレイはこの場にいない。最悪の場合、騎士団の本隊は全滅し、王国の戦力は、激減しただろう。
それは、レイの破滅であると同時に、剣と魔法で大陸の中で優位を保つ王国の衰退を意味する。
この後の身の振り方に、レイは思考を集中することにした。
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