嵐と特異点と約束 5
「さて、心に浮かぶ暗雲はともかく、王都を守りたいという気持ちがあるのは、お互い間違いないでしょうか?」
アーノルドが、無表情のままレイに問う。
「先日までは、それが一番だったのだが、今はそうとも言えないな」
冷たい笑顔を浮かべたまま、レイがその問いに答える。
「そうですね。王都か、一人の大事な存在か問われれば、腕の中の一人くらいしか守れないと俺自身も思っています」
「――――そうか、では今すぐに戦線を離脱してもらえないか」
レイは当たり前のように、アーノルドにそう告げた。
その選択の結末を、正確に予想しているにもかかわらず。
「――――その選択をすれば、二度とエレナは俺に向かって笑わなくなる。だから……」
その瞬間、エレナが持ってきた魔法薬は、アーノルドの魔法を模倣していたのだということを、レイは理解した。魔法薬の数十倍もの出力で、周囲を冷たい息吹が包み込む。
「喰らえっ」
レイの横すれすれですり抜けたのは、あるいは故意なのか。
どちらにしても、氷魔法では王都で頂点に君臨する人間の魔法は、不死鳥の動きを止めた。
「そうか……。では、アーノルド殿の奮闘に敬意を表して」
もう一度、レイは不死鳥に向かって走り出す。
先ほどより、明らかに炎の出力は弱まっていた。
「すごいな……」
その言葉を発したのは、レイだったのか、アーノルドだったのか。
お互いに称賛と敬意をもって、二人は攻撃を繰り出した。
悲し気な雄たけびを上げて、不死鳥は今一度空に舞い上がる。
舞い落ちる火の粉は、もう誰かを傷つける力を持たなかった。
王都を襲おうとしていた、最悪の結末は、揃ってその場所にいたことが運命としか言えないような、二人の英雄によって回避された。
「――――このまま、エレナは連れて帰る。この場にいたことは、なんとしても隠さないといけない」
「そうだな……。アーノルド殿の、ご助力に深く感謝する」
「ほとんどすべて、レイ殿の力だ」
二人は、お互いに敬意を表す。
だが、その瞳は、まるで仇を見るように、鋭いものだった。
それでも、レイは、決してアーノルドの腕からエレナを取り返そうとはしなかった。
否、どんなに望んでいようとも、それはできなかった。
「――――唯一の乙女に本当の姿を見られた瞬間から、戦いの道は開ける。そして、唯一の人から、真実の愛を得ることができなければ……」
レイは、生まれてすぐに予言師が残したという予言を口の中で反芻した。
たとえ、真実の愛とやらを手に入れられなければ、破滅しか待っていないのだとしても、戦いの道に愛しい人を巻き込むことはしたくないと、レイは思う。
「エレナ嬢に出会うまでは、真実の愛など存在すらしないと思っていたのにな……」
だが、真実の愛が存在することと、それを手にすることができるかは、別問題だ。
レイの前に戦いの道が開けるのだとしたら、レイが下す選択は一つしかない。
予言で告げられた、本当の姿を見たレイにとって唯一の乙女が、エレナであると、確信している。
レイにとっての唯一は、もうエレナ以外に考えられないから。
「巻き込みたくはない……。恐れていた運命の割に、どんな結末を迎えるとしても、納得して受け入れられそうだ」
この言葉を、もしエレナが聞いていたら、全力で否定したかもしれない。
だが、意識を失い、レイの腕の中にはいないエレナはその言葉を聞くことができない。
レイは、倒れているジャンの元に近づくと、治癒の魔法薬を振りかけた。時々妙に性能が良いわりに、不思議な副作用が出る魔法薬があったが、エレナが作ったものだったに違いない。そんなことを思えば、自然と笑みがこぼれてくる。
「ああ、この魔法薬は当たりだな」
見ているうちに、ジャンの傷が、存在なんてしなかったみたいに消えていった。
おそらく、この魔法薬もエレナが作ったものに違いない。
「さて、どんな副作用が出るのか」
結果として、その後、王立騎士団が目まぐるしいほど忙しかったにもかかわらず、数日の間、いつも元気で誰よりも目立つジャンの姿を見かけたものはいなかった。
その代わり、犬種不明の中型犬が、レイの近くをうろうろしている姿が目撃される。
「魔力が枯渇する副作用か……。傷が治る速度は、類を見ないが、特に俺たちは、戦闘中には使えないな」
「――――命を二回も助けてくれた恩人が作った魔法薬です。人間の姿に戻れないぐらいは、仕方がないし、団長と違って俺はこちらの姿のほうがしっくりきますから」
「そうか……」
次に、エレナが目覚めた時には、今回の騒ぎはレイとアーノルドによって解決したことになっていて、二人は英雄として担ぎ上げられていた。
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