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嵐と特異点と約束 4



 火の粉をちらりと見て、ジャンがエレナを支える手に力を込める。


「ああ~。あの魔獣、やはり災害級だけあって知能が高いですね。こちらに、敵意を向けています」

「私に、でしょう?」

「んっ、そうとも言いますね。でも、護衛対象の敵は、俺の敵ですっ!」


 エレナを荷物みたいに後ろ向きのまま抱えて、ジャンが走り始めた。


「火の粉に当たったら、さすがに消火不可能なので、このまま戦線を離脱します」

「えっ、リドニック卿! それは」

「大丈夫です。ちょっと運は悪いけど、チャンスさえ与えられれば、団長はものすごく頼りになるので」


 気になる単語があった気がするが、このままエレナが近くをうろうろしていれば、レイは実力を出せないだろう。魔術師ギルドに門番、張り巡らされた理不尽に正常な判断ができていなかったエレナも、落ち着き始めた今ならそのことを理解できる。


「十分離れたら、ちゃんと王都まで戻りますから」

「――――それも、厳しそうですね」

「……え」


 戦線からは離脱したジャンと、エレナの目の前には、数えきれないほどの火を纏ったトカゲがいる。

 災害級とはいかないまでも、この数を含めればかなりの上級だ。


「うーん。どう考えても、王都周辺に出没するような魔獣ではないですよね」

「――――どうして」

「まあ、悩んでも仕方ない。不死鳥と同じで、ちょっと、属性が一緒で不利だけど、命を懸ければ倒せないこともない」


 そうつぶやくと、ジャンはエレナを背後にかばいながら戦い始めた。

 エレナも、魔法杖を引き抜いて応戦する。


 それでも、エレナの魔法は、本当に並。一応、光属性のエレナが使えるのは、目くらましの閃光魔法くらいだ。

 魔法薬を作るのは得意でも、実戦はそこまで得意ではない。


 しかも、いつも入念に準備している魔法薬も、心もとない状況だ。


「リドニック卿!」

「そのあとに続く言葉、予想が付くけど、おいて逃げるわけないでしょう! それ以上は、騎士の名誉を傷つけます」

「……っ。名誉ですか」

「そ、いわゆる普通の騎士が、何よりも重んじる名誉です」


(リドニック卿に関しては、名誉より大事なものがある気もするけれど……)


「ああ、でも狼は、群れは守りますからねっ。それに、一度決めた相手は死ぬまで変えずに純情なんですよ!」


(また、狼の話……)


 それでも、目の前で戦うジャンは、さすがに強かった。

 しなやかな身のこなしは、まるで狩りをする狼みたいだった。


「そう。……狼」


 たどり着きかけた真実。この状況を越えることができたら確かめようとエレナは決める。

 次々と倒され残り一匹になった魔獣は、その瞬間、急にエレナに狙いを定めた。


「エレナ殿っ!」


 激しい火炎に絡みつかれ、その直後、強く抱きしめられてかばわれた。

 その瞬間、胸元のネックレスが燃え移った炎を消し去って、エレナをただ優しく包み込む。

 直後、エレナは強く後頭部を地面に打ち付けた。


 その衝撃で、エレナの奥歯に仕込まれた魔法石が割れる。

 魔石が破壊された瞬間、救援信号は、登録された相方の上級魔術師に届く。魔石の代金は給料から、天引きだが、それは荒事に巻き込まれやすいギルドの受付嬢の特権だ。


「エレナ殿……最後の一匹は、倒したので」


 どさりと、妙に軽い感触が体の上にのしかかったのを感じた直後に、エレナは意識を失った。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 その頃、王都の魔術師ギルドにようやく出撃命令が下された。

 いくら王立騎士団と普段から小競り合いが絶えないとはいっても、王都の危機に焦りが隠せなかった魔術師たちは我先にと駆けだした。


 そんな魔術師たちの中、アーノルドだけが、目の前の事実が信じられないとでもいうように瞠目し、歩みを止める。


「――――エレナ」


 救援信号は、なぜか城壁の外から発信されていた。

 魔法石の信号を受け取っているのは、登録されているアーノルドのみ。


 魔力の消費が大きい転移魔法を、この後の戦いを考慮することもなく、アーノルドは使った。


「これは、いったい……。なんだこの生き物? それに、この髪の毛……エレナが普段隠していたのは、これか」


 周囲には、エレナの実力では倒せるはずのない、大量の魔獣が折り重なる。

 その中心には、赤みを帯びた薄茶色の毛並みをした中型犬のような生き物が、エレナを守るように丸まって倒れていた。エレナをかばったのかもしれない。その毛並みは、一部が無残にも焦げてしまっている。


 エレナを抱き上げたアーノルドは、いったん王都へと引き返そうとした。

 だが、この犬らしき生き物はどうしたものかと悩んだ一瞬の間のせいで、氷の上級魔術師アーノルドは、予想外にも混戦を極める王立騎士団と合流を果たす。


 必死の形相で、こちらに駆けてきた王立騎士団の銀狼の騎士団長レイ・ハルト。

 この状況で、魔術師ギルドの応援もなしに、団員のほとんどを失うことなく、ここまで生き延びるなど、運がいいを通り越して空恐ろしいとアーノルドはひそかに戦慄する。


 しかもなぜか、真っすぐにこちらに向かってくるレイは、アーノルドを射殺しそうな視線で睨みつけていた。その後ろから、今回問題になっている不死鳥が追いかけてきている。


「絶体絶命か。ああ、原因はこれか……」


 そこでようやく、アーノルドは、エレナの胸元で光る金色の光を帯びた原石に目を移す。

 公爵家といっても、おいそれと買えないだろう、高品質の魔石。古代の品に違いない。

 おそらく、持ち主の危機を魔法を込めた人間に伝える類の……。


「おいおい、ギルドで与えている魔石のはるか上位版か。どんだけ短時間で執着されたんだ、エレナ」


 おそらく、エレナと犬らしき生き物が燃え尽きることなく生き残ったのも、この魔石が発した守護魔法のおかげだろう。


 エレナが、誰かの関心を買ってしまうのは、毎度のことなのかもしれない。

 だが、今回は相手が悪い。魔術師ギルドとは、属している派閥が正反対の王立騎士団。

 しかも、レイ・ハルトという人間は、王立騎士団側の最大派閥である、ハルト家の長男だ。


 何らかの理由で、騎士になると同時に家を出たとはいっても、ハルト家の嫡男。そして、ハルト公爵家は、王国で唯一、王族の血を濃く受け継いだ、王族のスペアだ。


「――――しかし、この困った妹分を、王都に連れ帰るには、戦う以外の選択肢がなさそうだ」


 この瞬間、たぶん予言は再び真実になろうとしていたし、もう一つの予言に語られている二人の英雄が、この場所で生まれようとしていた。

 その原因になった、一人のギルド嬢は、そんなことも知らずに気を失っていたけれど。


最後までご覧いただきありがとうございます。


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