嵐と特異点と約束 3
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「なあ、ジャン……。この香りと魔法は、幻か?」
クンクンと、鼻を鳴らしたジャンが「なんだか冷たい氷の花みたいな香りが混ざってますが。本物ですね」と答える。
次々と降り続ける雪は、次第に威力を増していく。
その瞬間、不死鳥はバサバサと苦し気に羽を広げた。
「好機を逃すこともできないか。おい、ジャン、不服かもしれないが後衛だ。――――守れ」
「仕方ないですね。団長が適任ですし、守りたいですし」
そういうと、あっという間にジャンの姿は、レイの視界から消えた。
ほかの団員を守る魔法を使う必要がない今こそ、ほんのひと時もたらされた、好機だ。
いつでも完璧に整えられた騎士服から、焦げ臭いにおいが立ち上る。
肌が焼け付く匂いと痛みに顔を歪めながらも、レイは不死鳥の正面へと飛び込んでいった。
(良かれと思って、魔法薬を届けたのに、単身突撃してしまうとか! レイ様はあまりに無謀です!)
助けに駆け付けたつもりが、逆にレイが危険を顧みずに飛び込む機会を作ってしまったエレナは、全身の血が一斉に足元に下がっていく感覚を味わった。
「ふっ、普通ここは、いったん退却ですよね?!」
「まさかというか、やっぱり正真正銘のエレナ殿本人。――――無理ですよ、基本的に戦場での団長は誇り高い一匹狼ですから」
一匹狼という一般的な言葉なのに、レイの別の姿を知っているエレナにとっては、違う意味に聞こえる。
それよりも、先ほどまでレイが背中を預けていたはずのジャンが、後ろに守るように立ちふさがったことに、エレナはスミレ色の瞳を大きく見開いた。
「リドニック卿! なぜ、後方に下がってきたんですか!」
「団長命令は絶対なので。まあ、今回は素直に聞くことにしました」
(え? いつもは聞かないの?)
ニッと笑ったジャンは、「俺も、自由で誇り高い狼なので」とエレナに声をかける。
「――――は?」
「ほら、もっと後方に下がりますよ。ああ、魔法薬まだあるんですね? 預かりまーす。おい、これ受け取って、団長支援しろよ。リフェル!」
ポーンとガラスの瓶が、放物線を描いていく。
(たった二本しか作れなかったのに! 落としたら無駄になっちゃう!)
だが、放物線の先にいたリフェルと呼ばれ、金の髪を後ろで結んだ騎士は、慌てる様子もなくガラス瓶を受け取った。
「念のため聞きますが、超高価な魔法薬、使っていいんですよね?」
「――――そのために作りました」
「ところで、その手、凍傷になってますよ」
たしかに、エレナの手は灼熱感を帯び、真っ赤に腫れあがっている。しかも、ところどころ水泡ができている。
冷たい溶液を素手でかき混ぜたせいだ。
「――――この方法が、一番性能が高い魔法薬を、早く作れるんです」
「……そうですか」
無茶をしたという思いがなくはない。
解毒の魔法薬を作るために先日染まってしまった紫色の爪と、凍傷になって赤く腫れあがった手は見るも無残だ。
でも、それがなんだというのだ。
もう一度、必要になったなら、同じことをするだろうとエレナは思う。
「あー。やっぱり、いくら団長でも一撃で追い出すのは無理かぁ。逃げましょう!」
「えっ、ヤダ! 私もこのまま」
エレナを肩に抱え上げながら、ジャンが悔し気に息を吐きだすのが、耳元で聞こえる。
それを聞いて、エレナは幾分か冷静になった。
「……足手まといですか」
「そうですね」
「じゃあ、自力で離れるので、リドニック卿はレイ様のところに」
「命令を受けるかは吟味しますが、一度受けた命令は完遂することにしているんです」
ポーンと、飛び上がってジャンがその場を離れた瞬間、エレナがいた場所を狙ったかのように、大粒の火の粉が降り注いだ。
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