嵐と特異点と約束 2
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「ところでっ、どこまで進んだんですか?」
「何がだっ!」
火の粉を軽く剣で振り払いながら、唐突なジャンの問いかけに、レイが答える。
周囲からは、簡単に火の粉を払っているだけに見えても、ただの火の粉ではないのだ。燃え移ったら、氷魔法を持っているレイはともかく、魔法が使えない部下たちは、抵抗することもできずに……。
「そんなの、エレナ殿とのご関係ですよっ!」
氷の魔法を持っていないくせに、燃え盛る剣をひと振りするだけで、ジャンの周りの火の粉は消え去った。
「――――真面目にやらないと、隊長から降格だぞ? リドニック卿」
「ぐっはぁっ。まじめな団長もカッコいいですが、それは嫌です! ……でも、死んだら職位なんて関係ないですもんね? やっぱり教えてください」
「ジャン……」
「このままじゃ、気になって、死んでも死に切れません」
ジャンは、軽口をたたいていたが、戦いが始まってからすでに二時間。
とっくに合流しているはずの、魔術師たちが応援に来る気配すらない。
「巻き込んだか」
「――――団長。そんな顔しないで下さい。団員たちは全員、喜んで巻き込まれますよ。みんな、ハルト団長のこと、尊敬してますし」
「そうか……」
「それで、二人にはどんな展開が」
一瞬だけ、ジャンが周囲の諦めかけた重苦しい空気を和ませようと、わざとそんな話題を振ったように感じてしまったレイ。
だが、やはりこれは違う。本能に忠実に生きている、ジャンにそんな心遣いがあるはずもない。
「――――やはり、気になっているだけか」
だが、次の瞬間、ニコニコと笑顔だったジャンが、赤みを帯びた薄茶色の毛を逆立てるような雰囲気を出す。
緊張した表情、そしてとがった犬歯が唇の隙間からのぞく。
「……次の攻撃が来ます!」
「近づくことすらできないかっ!」
レイが、氷魔法を展開し、周囲を防御する。
だが、通常であれば複数の氷魔法の使い手とともに戦って、ようやく多数の被害者を出した上で、何とか退却させることができる、災害級の魔物なのだ。
「――――俺たちが、全滅してから合流する気か」
このままの状態が続けば、あと二時間もしないうちに、膨大なレイの魔力も尽きるだろう。
そうなれば、レイの姿はおそらく狼に変わり、戦線は完全に崩れる。
まあ、それも、そこまで生き延びることができていればの話だが。
「そのあとの展開は、絶望的だな」
魔術師だけでも、退却させるまで追い込むことはできるだろうが、そこに到達するまでに、王国が被る被害は考えるのを放棄したくなるほど甚大だろう。
その瞬間、周囲の空気が凍てついた。
ちらちらと、雪のような白い結晶が降り注ぎ、地面は霜に覆われる。
「――――ようやく合流か。……罠にはめられたと思ったのは、杞憂だったか」
振り返ったレイは、しかしその小さな人影を視界にとらえて、驚愕のあまり息を止めた。
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一時間程度、時間は遡る。
「だからぁ! なんで出してくれないんですか?!」
「ダメだと言ったらダメだ! エレナ嬢ちゃんは、城門から外に出すなと触れが出ているんだよ!」
「そこを何とかっ。不死鳥の羽を手に入れないと、病気の弟がぁ」
「嘘つくな、エレナ嬢ちゃん。――――この間は、天涯孤独だと言っていただろう」
「くっ」
ようやく準備を終えたエレナは、城門から外に出ようとしていた。
だが、顔見知りの門番、ジャミルに見とがめられてしまい、出るに出られなくなっていた。
「人相書きでも、出ているんですか……?」
「エレナ嬢ちゃん、何をやらかした。魔術師ギルド所属だから、たとえ魔獣がうろついている時も、真夜中でも、素材採取と言われれば門を通していたが……。かなりのお偉いさんから、嬢ちゃんを出すなと書状が届いているんだぞ」
「なるほど……。それなら、仕方ないですよね。別に、犯罪を犯したわけではないですから安心してください」
「まったく安心できない! 大人しく部屋に籠っていてくれ!」
ここはいったん引き下がるのがよいだろう。
エレナは、魔術師ギルドの受付嬢、一般的には王都の精鋭の部類に入る人間だ。
顔は広く知られている。
(この様子じゃ、北門だけじゃなく、南門からも出してもらえないわよね)
クルリと方向転換して、去っていくエレナをほっとした顔で見るルーグ。
いつも、魔法薬の依頼が滞るたびに、自ら採取に行ってしまうエレナは、門番の間では有名なのだ。
気さくで、見た目は地味だが、かわいらしく純真なエレナは、門番たちによってひそかに見守られていた。
(絶対に、合流して見せるから)
エレナは、いったん物陰に隠れると、メガネと魔法の髪紐を取り外す。
とたんに、先ほどと同一人物とは思えない容姿になった。
王都に来てから、この姿を見せたのは、ギルド長、王立騎士団の一部と、レイの周囲の人間だけだ。
エレナは、フードを目深にかぶり、もう一度北門へと向かうのだった。
「――――通して頂けるかしら」
声音を大人びたものに変える。
若いというだけで、足元を見られることも多いから、エレナはそういった小技を身に着けた。
「おいおい、エレナ嬢ちゃん、声色を変えても」
(よし、今だ!)
「あれっ?」
パサリとフードをとると、先ほどとは全く違う髪色と瞳が現れる。
しっかりと、見られてしまったら、ばれてしまう。
だが、エレナは、あえてゆっくりとフードを被り直す。
「エレナ? どなたですか? 私は、無所属の魔術師です。外に出して頂けます?」
キラキラと陽光に輝く髪の毛は、一介の門番であるルーグが見ても魔力を帯びているのだとわかる。
そういえば、『輝く髪や瞳は、精霊の祝福を受けている人間の特徴だ』と、数日前に通りすがった予言師が言っていたなと、ルーグは記憶を呼び覚ます。
あの予言師の言う通りカジノで賭けたら、言った通りに大当たりして、良い思いをしたのだった。あれは、本物に違いないと、一人ルーグは頷いた。
「あんた、精霊の祝福を受けているのか? ギルドの魔術師たちに、出撃命令は出ていないが、フリーの魔術師を通すなとは、言われていないな。――――王都を救ってくれ」
ルーグは、心のこもった敬礼をエレナに向ける。
「そのつもり。……では、行くわね」
通行料を支払い、エレナは、門を出た。
そして、誰もいないところまで歩んだところで、コテンッと小首をかしげる。
「――――精霊の祝福? 何のことかしら」
パールブルーの髪の毛をフードの中に隠したまま、エレナは大荷物を背負ったまま、再び走り出したのだった。
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