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嵐と特異点と約束 1



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 王都は、静寂に包まれていた。

 すべての家の、ドアと窓は閉め切られ、外を出歩く人影もない。


 王都まで、侵入を許してしまった百年前は、多くの家が燃えて、甚大な被害が出たという。


 公爵家の馬車で送ると、執事のジェイルは言ってくれたが、エレナはやんわりと断り、魔術師ギルドの制服に着替え、髪を魔法の紐で縛り、丸い眼鏡をかけた。


 鏡に映っていたのは、見慣れたくすんだ水色の髪と、グレーがかった瞳をした、いつもの受付嬢エレナだった。


 そのまま、レイの屋敷を飛び出してエレナは走った。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 魔術師ギルドは、すでに多くの魔術師で溢れかえっていた。王立騎士団は、すでに先発隊が出立したという。本隊も出立の準備が整い次第、出撃するらしい。


 だが、ギルドへの出撃命令はまだ下っていなかった。


(いくら、直属の王立騎士団が先なのだとしても、魔術師ギルドに命令が降りていないのは不自然ね)


 そう考えるのは、エレナだけではないらしい。

 どの魔術師も、どこか苛立たしげに王命が降りるのを待っていた。


「アーノルドさんっ!」

「エレナ、珍しく遅かったな? 家にいたのではないのか?」

「ええ、用事があって。ところで、出撃命令は」

「……出ていない。物理耐性の高い魔物は、魔術師ギルドに先に命令が降りるのが通例だが」


 ドクドクと、心臓の中を粘りのある液体が、通り過ぎていく。エレナの心臓は音を立てて、それを送り出す。


「魔法薬や、魔道具支援に関する要請は」

「……全くない」


 レイは、エレナに危険なことをするなど言った。

 でも、このままでは、王立騎士団はまともに戦うことすらできない。


 バッグヤードに駆け込むと、ギルド長がやはり、苛立たしげに杖を握りしめていた。


「ギルド長! どうして、出撃命令が出ないのですか?!」

「……エレナ。呼び出しておいてすまないが、まだお前の休暇は継続だ」

「え……。どうして」

「魔術院から、お前に関する正式な書面が先ほど届いた。一週間業務に関わることを禁ずると」

「でも、今は緊急事態でっ!」


 ギルド長が、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 ギルド長は、いつでも目深に被ってあるフードを外す。その途端に、この王国では稀有な、黒い髪と瞳が現れる。


 切長の漆黒の瞳で、エレナを真摯に見つめたギルド長は、高い背を屈めて小さな両肩を掴むと、子どもに言い聞かせるように、信じられないことを言った。


「王立騎士団に出撃命令が出たあとに、その書簡は届けられた。つまり、今回のことがあっても、謹慎は決定事項だ。……魔術師ギルド長ローグウェイは、職員エレナに命を下す。今より一週間、業務に関わることは禁ずる」


 そんなこと、あるだろうか。

 王国の危機に、一介の職員とはいえ、ギルド職員を関わらせないなど。


 エレナは、呆然と、そして徐々に燃えるような怒りを覚え、それでも「承りました」と、震える声でギルド長に返答した。


「……辛いだろうが、命令は絶対だ。……せめて、安全な場所にいてくれ」

「……ご配慮、感謝いたします」


 安全な場所に? そんな場所、今の王都にはない。


(不自然な出来事と、予言を受けた人間が、命の危機に陥る場面が、予言が真実になる瞬間なのだと、あの本には記されていた)


 そのことを知っている人間は、おそらくエレナしかいない。どこかに、秘匿された、別の資料があれば別だが。


 どこか軽薄な声色をした、予言師の言葉が蘇る。


『お相手、死んじゃうんで』


(死なせない)


 予言というのは、とても巧妙だ。

 今回の場合は、レイと距離を取れば、恋から逃れられても、レイは命を失う可能性が高い。


(恋はともかく、私はレイ様を死なせたくない)


 エレナは、素早く荷物をまとめ出した。

 魔術師ギルドに置きっぱなしにしていた、調合道具も、集めていた希少な素材も、私物は全て持ち出す。


 いつの間にか、エレナの私物は、随分と大荷物になっていた。


 バッグヤードから、飛び出して、魔術師たちの間を通り過ぎていく。


 そのまま出口から、表に出ようとした瞬間、優しく、しかし決して逃さないとでも言うように腕を掴まれて、エレナの歩みは止まる。


「こんな時に、どこへ行くんだ。エレナ」

「アーノルドさん、一週間は業務に関わらないように魔術院から命令が降りたんです。仕方ないので、自宅にこもってます」


 エレナは、心底困ったように、アーノルドに笑いかけた。


(上手く笑えているかしら。私が今からやろうとしていること、知られたら絶対に止められる)


「……こんな、緊急事態で? そんなにも、あの行動は、重く受け止められているのか。まあ、相手が王立騎士団だったのが悪かったな」

「そうかも、知れません」

「……そうか。まあ、俺たちも、まもなく出撃だろう。王都は守るから、安心して待っているといい」

「気をつけて、下さいね」


 そんな言葉で、アーノルドは、エレナを気遣った。エレナも、心からの言葉を返す。


 だが、今回のことにも、大きな力が関わっていることを証明するかのように、魔術師ギルドに出撃命令が降りたのは、それから半日も経ってからだったという。


 自宅に戻ったエレナは、制服が皺になるのも気にせず、急いで私服に着替える。そして、指先が凍ってしまいそうなほど冷たい溶液に、腕を突っ込むことを躊躇いもせず、忙しなく魔法薬を調合した。


 それが完成するや否や、エレナは、白い煙を上げる液体がこぼれるのも構わずに瓶に詰めていく。


 溢れたそばから、溶液が、床を凍らせていく。それを済ませると、誰もいない王都の街並みを、走り出した。


最後までご覧いただきありがとうございます。


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