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恋と運命と予言 5



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 朝日が昇ると、カーテンの隙間から、まぶしい光が差し込んだ。

 エレナがぼんやりと目を開けると、金色の瞳と、ふんわりと空気を含んだような毛並みが、目に飛び込んできた。


 昨日の朝は、驚いたけれど、今朝、胸にあふれるのは、幸せな安心感だけだった。


「――――おはよう」

「おはようございます」


 トトンッと、四つ足のままのレイが、ベッドから軽やかに降りる。

 振り返ると、まるで直前までいた狼は幻だったように、美しい銀の髪をした背丈の高い男性が、エレナのことを見下ろしていた。


「良く寝た。たぶん、物心ついてから、こんなに寝たのは初めてだな」

「通常、眠気に逆らうのは無理だと思うのですが」

「まあ、魔力は無駄に有り余っているから、そこは魔法で何とか……」

「そんな無茶な」


 冗談でも言っているような口調だったけれど、どう考えても事実を言っているとしか思えない。

 エレナの胸は、ギュゥと締め付けられるようだった。


「さて、いい大人がいつまでも、駄々をこねていてはいけないな。朝食を食べたら、家まで送っていこう。……その前に、これを受け取ってもらえないか」


 それは、不思議な金色の光を帯びた宝石の原石。原石は、波打つ細い金のワイヤーが絡みついて、ペンダントトップに加工されている。そこに通された金の鎖は、キラキラと輝くように加工され、上品な高級感を感じさせる。


「――――これは」

「エレナ嬢……。ここにいて欲しいと言ったのは、俺の我儘だ。でも、それだけじゃない。調査を進めさせていたが、やはり先日の事件は、誰かに仕組まれたものだった」

「そうでしょう……ね」


 王都中の解毒の魔法薬、しかも、魔術師ギルドにすら数十個の在庫しかなく、それすらジャンが訪れた時にはすべて買い占められていた。

 在庫を把握していたエレナが、早朝から追加で作ろうと思い立たなければ、とても間に合わなかっただろう。


 それに、生息地ではないはずの毒をもった魔物が大量にいたという事実。

 仕組まれていたと考え、調査するのが当然だ。


 ふと、目を向けたエレナの爪先が、まだ鮮やかな紫色に染まっていることに気が付いたレイは、そっとその爪先に節くれだった指で触れる。


「すまない。君の職場も疑っていたから、安全確保のため、ここに留めたんだ。……だが、杞憂だった。別の人間が俺のことを殺し、騎士団の力を、いやハルト公爵家の力を削ごうとした線が濃厚だ」

「――――犯人の目星はついているんですね」

「……聡いな。騎士団の人員として、勧誘したいくらいだ」


 冗談めかしたレイが、それ以上言おうとしないことで、エレナは一つの推論が正しいことを察する。

 公爵家が、裁くことができない人間なんて、そうそういない。

 庶民であるエレナだけでなく、ほとんどの人間を、ハルト公爵家なら私的に裁くことが可能だろう。


「王族」


 緩やかに、けれど譲ることはないと告げるように、レイの指先がエレナの唇に触れる。


「賢すぎるのも考え物だ。……それ以上、踏み込んではいけない」

「――――どうして」

「巻き込みたくない。エレナ嬢には関係のない世界の話だ」

「っ……。レイ様」


(確かに、その通りなのだけれど……。なぜか、とても腹立たしい?)


 それでも、エレナはそれ以上、聞き出そうとはしなかった。

 実際に、エレナができることなんて、一つもないのだろうから。


 その時、エレナの右の小指にはめられていた指輪が、鈍く揺れた。


(魔術師ギルドからの、緊急招集……)


「――――レイ様、職場からの緊急招集です。行かなくては」

「そうか」


 短くうなずくと、背中をまげてエレナの首元に顔を近づけると、レイはネックレスをエレナの首に着けた。


「……そのネックレス、何があっても絶対に身に着けているように」


 その時、少し慌てたような色を含んで、扉が叩かれる。

 エレナから距離をとったレイが、「入室を許可する」と返答するや否や、飛び込んできたのはジャンだった。


「一番すばしっこいジャンが伝令役に選ばれるとは、よほどの緊急事態らしいな」

「二人一緒にいたことのほうが衝撃ですが、そうです。緊急招集です。王都の西に、不死鳥が現れました。王命が下りています。『今度こそ討伐を期待する』とのことです」

「ふん……。不死鳥を討伐などできるはずもないが。とりあえず追い返すか」


 優雅なしぐさで、エレナに顔を向けたレイは、安心させるように笑った。

 その笑顔を見ても、これっぽちも安心できず、逆にエレナの不安は強まる。


「魔術師ギルドの緊急招集と、同じ理由だろう。エレナ、さっさと片付けてくるから、危険なことに首を突っ込まずに待っていなさい」

「子ども扱いはやめてください。私は、魔術師ギルドの受付係ですよ?」

「そうだな……。だが、待っていてほしい」

「待っていろというからには、レイ様だって無事に帰ってくる義務が生じますよ」


 たぶん、安全な任務のはずもない。

 エレナが魔術師ギルドの受付嬢として採用されたばかりだった三年前。前回の襲来から百年以上の間隔をあけて王都に不死鳥が近づいたのは、三日三晩。


 最終的には、騎士団が多数の犠牲を払って、追い返したと聞いている。

 その間に、王都周囲の畑はすべての作物が枯れてしまった。

 そして、今回はたった三年の空白しかない。


「――――エレナ。……そうだな。約束しよう。ジャン、出立の準備はどこまで進んでいる?」

「もう、いつでも出発できますよ。魔法薬の準備も、完璧です」

「そうか。では、行くか」


 どこか、安全な場所への遠征にでも行くように、気楽な会話。

 命を懸けて戦う騎士の姿を目の当たりにしたエレナは、軽くうなずく。


(今は、私は私にできることをする)


 不死鳥とは、騎士だけの力で戦うことは不可能だ。

 氷の魔法で、燃え盛るその火を弱らせて戦うのでなければ、生身の人間は近づくことすらできない。


「レイ様、ご武運を」


 そんな言葉を与えられたことに、レイはほのかな喜びと同時に、得も言われぬ不安を感じる。


 走り出したエレナを止める権利も、時間もレイには残されていない。

 ただ、レイも自分の使命に忠実に従うことを決めて、騎士団に向かうのだった。


最後までご覧いただきありがとうございます。


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