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恋と運命と予言 4



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 そろそろ帰ろうと、暇を告げようとするたびに、エレナが興味を示すことを提示して、まるで引き留めているみたいなレイ。


 そんなこんなで、晩御飯までごちそうになり、なぜか再びメイドたちに連行されるように浴室に連れていかれ、夜の帳が下りてしまった。


「さすがに、今夜も泊めていただくわけには」

「――――いて欲しいのだと言ったら?」

「……それは」

「俺は眠るとあの姿になってしまうから、夜中に誰も近づけたことがないんだ」


 完全に深い眠りに落ちた時や、昨日のように毒を受けて命の危機に陥っているようなときだけ、あの姿になってしまうというレイ。つまりそれは、生死の境を彷徨った時、誰もそばにいないということだ。


「――――え? じゃあ、戦場では……」

「熟睡はしない。死にそうになった時は、誰の目にもつかないようにしていた。まあ、叔父のゴルドン殿がいる時は、便宜を図ってくれたが」

「っ……それじゃ」


(そんなことしていたら、本当にたった一人でいつか死んでしまう)


 その想像は、あまりに孤独で残酷でエレナは、背中に冷水を浴びせられたように震えた。


「だから……。いや、本当にどうかしている。気持ち悪いよな? 出会ったばかりなのに」


 エレナには、全力でその言葉を否定する以外の選択肢がなかった。

 一緒に眠ると考えるだけで、胸が苦しくなる。

 それは、決して嫌な感覚ではないのだ。むしろ、甘い蜜に誘われるような気配すらある。


「気持ち悪くないです! むしろ、あの感触の中で、眠ることができるなんて、至福です!」


 その瞬間、レイはまるで、今までずっと一人で泣いていたように見えた。

 実際は涙を流してなどいなかったけれど、一人がさみしくて泣いていた幼いレイが、エレナのことを見つけて、涙にぬれた目を向けたような気がした。


「――――じゃ、さすがにベッドに入る前に、モフモフになってくれます?」

「モフモフならいいと言われたのは、初めてなのだが」

「当たり前じゃないですか。大人になった人間の男性と女性が同じ布団で寝ると、赤ちゃんができてしまうのですよ?」

「――――まあ、確かに事実だが」


 確実に、エレナは男女のことについて、よくわかっていないと、レイは察した。

 考え過ぎていたのかもしれないなと、今までの言動が滑稽に思え口の端を歪める。


「そうだな……。今は、ただのモフモフでいいか」

「何を言っているんですか。理想のですよ?」

「そうか、それはいい。理想の……だな?」


 言い終わるよりも早く、レイは銀の毛並みの狼へと姿を変えた。

 レイにとって、忌むべきその姿に、望んで姿を変えるなんてありえない事だった。

 それでも、どこか浮き立つような気持ちのまま、レイはエレナにその体を摺り寄せた。


「姿を変えるときに、こんな心境になるなんて、想像もしたことがなかった」

「どんな心境ですか」

「――――うん、この姿も意外といいかもしれないと思えるなんて……な」

「そうですか。レイ様にも、モフモフの良さを理解していただけて嬉しい限りです」


 少し違うと思いながらも、そんなエレナすら愛しく思ってしまったレイは、多分もう後戻りできないところまで来ているに違いない。


「予言で告げられていた日々が始まるのを、あんなに恐れていたのに……。始まってしまえば、こんなに甘くて温かいなんて、こんな想定外、あるのか?」

「たぶん、レイ様が予想していた展開より、ずっと幸せになるはずです」


 そのために、エレナは特異点を見つけ出して、予言が現実になるのを避けなくてはいけない。

 だって、エレナは庶民で、レイは公爵家の人間。

 一緒にずっといるなんてできないのだから。


 それに、運命は予言師の言う通り、荒波ばかりだ。

 エレナを取り巻く環境は、エレナが知らないうちに変化していくのだった。


 それでも、ポフッとふかふかの毛並みに顔をうずめれば、あっという間に眠気が襲ってくる。

 温かくて、柔らかくて、どこか懐かしい優しいジャスミンティーのような香りが、エレナの鼻腔をくすぐる。


「自分でも気が付いていなかった、空虚な隙間を満たしてくれて、感謝している。だから、今晩だけ」


 そんな声が、耳元で聞こえてきた。

 声はさざ波みたいに揺れていて、言葉とは裏腹に、ずっと一緒にいたいのだと懇願しているみたいだった。


(私だって、家族に置いていかれて一人になった時から、ずっと寂しかった)


 一言でも、この時に正直に気持ちを告げるべきだったのかもしれない。

 でも、たぶんそうするには二人とも、小さな幸せが壊れるのを恐れ過ぎていたから。


 月も出ない夜。星明りの中で、二人は身を寄せ合って眠る。

 幸せな夜は、過ぎていく。それすら、やっぱり避けられない予言が現実になる瞬間なのかもしれない。

 金色の瞳が、銀色の光に隠される。静かな寝息を聞きながら、二人は幸せな夢に落ちていった。

 

最後までご覧いただきありがとうございます。


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