恋の予言と魔法薬 2
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どんな時でも、朝は訪れる。
「んぅ……」
エレナは、うすい布団を引き上げて、早朝の冷え込みにフルッと体を震わせた。
(昨日は、いろいろなことが起こった気がした)
コロンと寝返りを打つと、そこにはフワフワの感触があった。思わず、そこに抱き着いて、幸せをかみしめる。
(ふふっ、モッフモフ……)
すりすりと、顔を摺り寄せる。モフモフ豪華な毛並みで、顔が埋もれそうなほどだ。
「至福……ずっとこうしたかった」
それにしても、重大な出来事があった気がする。
それは、なぜか、王国の命運がかかっているレベルで。
(まさかぁ。小説の中じゃ、あるまいし)
夢うつつのまま、薄目でちらりと時計を見る。そろそろ起きないと、仕事に遅刻してしまう。
魔術師ギルドは、開所時間は遅いが、事前準備はそれなりにあるのだから。
例えば、納品されていた魔法薬の検品、募集予定の依頼の張り出しだったり……。
(そういえば、解毒の魔法薬の納品が、異様なほど滞っているのよね。まるで、意図的に誰かが納品を阻んでいるみたい)
以前にも何度か、そういうことはあった。
価格の高騰を狙っていたり、原材料が手に入りにくくなっていたり、理由は様々だ。
(朝一番に、解毒の魔法薬の在庫を、確認しないといけないわ……。たぶん、備蓄庫には、まだあったはず)
魔法薬で、冒険者や騎士、魔術師の安全を守るのも魔術師ギルドの重要な使命だ。だから、出来る限り在庫が切れたりしないように、場合によっては、直接納品や、素材の募集についての依頼を出す必要がある。
(……ハルト騎士団長と、趣味趣向が最高相性。そして)
『お相手、死んじゃうんで』
ふるふるっと頭を振る。
そんなはずない。夢だったに違いない。
そう思いたいのに、シンプルなベッドの上には、確かにフェンリルの銀色の毛並みがある。
「とりあえず、仕事に行かなくちゃ。早めに行って、在庫を確認。悩むのはそれから」
パールブルーに輝く髪の毛を一括りに、スミレ色の瞳を隠す少し大きなメガネを掛けて、フードのついた短いケープに膝上までのスカート、可愛いと評判の制服に着替えると、エレナは家を飛び出した。
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魔法ギルドの朝は、そこまで早くない。
だって、魔術師たちは、夜に活動する人が多いから。
夜にだけ光る不思議な花も、闇夜の精霊たちの力も。光の元に力を得るのが、騎士達だとすれば、闇夜の星の光を糧にするのが魔術師……。
(なーんて。物語の読みすぎよね)
それでも、エレナが魔術師側の人間なのは間違いない。魔法のかかった紐でキッチリと結んだ髪の毛は、パールブルーの輝きが消えて、くすんだ水色をしているし、珍しいスミレ色の瞳もメガネの奥では、グレーに映る。
悪目立ちする特徴を、魔道具で隠したエレナも、たぶん夜に生きる側の人間だ。
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「やっぱり、出していた分が、大量に購入されている。納入も極端に減っているわ」
早めに来て良かったと、エレナは、息を吐き出した。
備蓄庫にも、あと三十二個あったけれど、これでは下手すると近日中に、在庫が尽きてしまう。
「うーん、素材はたくさんあるのよね」
解毒薬は、紫色をしたキュアの実を魔力を流しながら素手で潰して作る。爪の先に色が染み付いて、一週間くらいは色が取れない。
「……仕方ないか。仕事中は、手袋をしていれば良いのだし」
一度、ギルドのバックヤードからカウンターに戻ると、エレナは担当受付の名前の隣に、『作業中』の札を下げた。
(今日は、受付係の職員は全員出勤予定だったはず。開始直後なら、一つくらい受付が開かなくてもそこまで混まないだろうし)
エレナは、制服の白い手袋を外して機材を取り出す。魔力の流れが良くなるように、髪を束ねていた紐とメガネを外す。
そしてエレナは、鮮やかな紫色の実を、躊躇うこともなく潰し始めた。
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