恋と運命と予言 2
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「はわわわわっ」
人は感動しすぎると、上手く喋ることが出来なくなるらしい。
壁の三方を天井まで、高い本棚がそびえ立つ。
その本棚には、隙間もないほどに、本がぎっしりと詰まっていた。
しかも、どう見ても古今東西網羅されていることが、その多様な装丁だけでもわかる。
口元に当てた拳が、ブルブルと震えている。
「はわっ!」
「少し深呼吸でも、した方が」
「レイ様、レイ様っ! すごっ、すごい! 本当に、個人の蔵書ですか?!」
プルプル震える反応は、通常であれば、棚の端から端までドレスを買った時に見られそうなものだ。
「……本が好きか」
「ううっ、好き! 好きですぅ! しかも、魔術に関する本ばかり! ここに一生篭っていたいですっ」
「え、一生?」
その瞬間、沈黙の時間が訪れた。
エレナは、我にかえって、図々しい失言に頬を染める。
「あっ、あの、すみませ」
「……好きなだけいれば良い。ふっ、一生でも構わないぞ?」
迷惑だと、社交辞令なのだと思うのに、エレナは口の端が緩むのを止められなかった。
「社交辞令などではない。いつでもこの図書室に入って良い。執事のジェイルに、俺が不在でもここに入る許可を与えていると、伝えておこう」
「夢っ、夢ですか?!」
「夢じゃないが……。これなら、恩人に対する礼になるだろうか?」
レイは、気負わない印象を受ける笑顔で笑う。
「え……。流石にそれは」
解毒の魔法薬を納品しただけなのに、そのお礼が公爵家の屋敷にある図書室に自由に入る権利なんて、明らかに受け取りすぎだ。
それは、ただ単に本が読めるという権利などではない。公爵家、あるいは王立騎士団長からの、信頼を得たと見なされるからだ。
「貰いすぎでは、ないで、しょうか」
断らなくてはという、常識的な自分と、こんなにたくさんの本を読む権利なんて、手に入れられる機会、これから先、一生ないという悪魔の囁き。
「何を悩んでいる? 嫌なのか」
「嫌ではないです。嬉しすぎます。でも」
「信頼している」
「……は?」
レイから発せられたのは、信じられない言葉だった。だって、レイとエレナは、昨日出会ったばかりで、貴族と庶民で、所属はそれぞれ騎士団と魔術師ギルドで。
だから、そんな言葉おかしい。
「エレナのことを、信頼している。だから、ここに入る権利が、エレナには当然ある。……それに、気になることがあるのだろう?」
「っ……。はい」
「それなら、遠慮をするなんて考えは捨てて、俺を利用しろ」
(おかしいのに。本気だ、この人)
さっきまで、目の前の本のことで一杯だったエレナの頭の中が、どうしようもなく目の前の人の言葉で塗り替えられていく。
(私、何をうだうだ悩んでいたんだろう。どちらにしても、予言に関することを解決しないと、レイ様に迷惑がかかるのに、命がかかっているかもしれないのに)
例え、図々しい人間だと思われても、そんなの大したことではない。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください」
モヤモヤとしていた思考が吹っ切れたエレナは、レイに晴れやかに笑いかける。
「予言に関連した本は、こちらの棚だ」
案内してくれるレイのあとについて、エレナは目的を果たすため、片っ端から予言に関する本を読み始めた。
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