銀狼の騎士とギルドの受付嬢 6
しばらく沈黙が続いたが、その静寂もレイの一言で終わりを迎えた。
「騎士団見学か。俺としては、今すぐでも連れて行ってやりたいのだが、手続きが煩雑だ」
レイの言葉は、嘘ではなかったが、あえて真実を的確に表してもいなかった。
「そうですか……。ご迷惑でしたよね?」
「そんなはずない。恐らく、騎士たちはエレナのことを皆、歓迎するだろう」
ただ、上層部の確執が続く、魔術師ギルドと王立騎士団の関係は、今回のことでどう転ぶか分からない。
王立騎士団のために動いたエレナは、今回の騒動を引き起こした人間からも、魔術師ギルドの上層部からも目をつけられた可能性が高い。
今の時点で、エレナを大っぴらに騎士団と接触させるのは得策ではないだろうという判断だった。
本当は、レイが接触するのも望ましくはなかったのかもしれない。だが、王立騎士団に関わったことでトラブルに巻き込まれたエレナを放っておくことは出来なかった。
大義名分は、それだ。
だが、危機を察知してすぐにエレナの元に駆けつけることができたのは、単純に会いたくて、エレナを探していたからだということも、レイは認めざるをえなかった。
レイは、銀の狼になった姿を、エレナに見られた。そして、事実を伝えた。
「この事を伝えるなんて、一生ないと思っていたのに」
口の中で響いただけのその言葉は、エレナに聞こえることはない。
だから、その様子に、エレナはコテンッと首を傾げただけだった。
「レイ様? それでは、今日はどうされますか?」
「ん、うん……。そうだな、ここにも練武場はある。俺で良ければ、騎士が使う魔法を見せようか?」
「っ……騎士団長様が使う、魔法! す、すごく見たいです!」
途端に、スミレ色の瞳が色を深めた。
魔法に関することになると、エレナは子どものように、真っ直ぐに興味を示す。
(最高だわっ! 騎士団長様の使う魔法なんて、一生に一度見られるかどうか)
一瞬だけ、エレナは恋の予言を忘れてしまった。こうやって、二人で過ごす時間が増えれば増えるほど、予言は現実になって行くのに。
「そんなに期待されてしまうと、少し緊張するな」
レイがそうやって笑う姿は、本当に照れているように見える。いつもの毅然とした姿とは違い、それは年相応の青年たちと同じに見えた。
「さ、おいで?」
なぜか差し出された手を、取ろうか取るまいか、エレナは逡巡する。それでも、数秒経っても変わらない位置にあるのを見て、その手を取ることにした。
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まだ、冷たく透明な朝の空気の中、訪れた練武場は、なぜかこの屋敷のどの場所よりも広い。
「すごい……。こんなに広いんですね。レイ様は、ここでいつも、訓練しているのですか?」
「そうだな。非番の日は、必ずここで……」
レイが、動きを止めて、一点を凝視する。
そこにいるのは、赤みを帯びた薄茶色だった。
「あれ、もしかしてリドニック卿?」
その姿を、エレナは昨日見たばかりだ。
あまりに色々な出来事が起こりすぎて、まるでずいぶん時間が経ったような気もする。
「リドニック卿と、お約束があったのですか?」
「……いや、約束などしていない。そういえば、あいつも非番だったな。……何度も押しかけてくるから、いつのまにか、この屋敷は顔パスなんだ」
「そうなんですね。あっ、もしかしてリドニック卿も魔法を使われるのですか?」
つい、レイがまじまじと見てしまったエレナの瞳は、期待でキララッと輝いてしまっている。
「もちろん、使いますよ! 恩人殿! やはり、その髪と瞳、美しいですね! 隠すなんて勿体無いです」
「ジャン……」
「良いじゃないですか。恩人殿に、手合わせでも見てもらいましょう!」
赤みを帯びた薄茶色の尻尾の幻影が見える。ジャンはまるで、尻尾を振る中型犬みたいだ。
「見たいですよね? 見たいって顔してますよ。恩人殿」
「見たいですっ! あと、恩人じゃなくてエレナです。リドニック卿」
「それなら、エレナ殿、俺のこともジャンと呼んでください。恩人に、そんなかしこまって呼ばせるわけには、いかないですから」
チラリとレイの顔を仰ぎみれば、どこか不機嫌そうに眉を寄せている。騎士団員を、名前で呼ばせるのは嫌なのだろう。
すでにエレナは、レイのことは、名前で呼んでしまっているのに。でも、なぜかエレナも、レイ以外を名前で呼ぶことに抵抗がある。
「えと、このままリドニック卿と、呼ばせていただきます。それで、宜しいですか? レイ様」
「ずるい。団長、抜け駆けですよ」
「うるさい。さっさと手合わせするぞ」
たぶん二人は、仲がいいのだろう。
団長と部下というだけでなく、どこか二人は似ているような気がした。
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