銀狼の騎士とギルドの受付嬢 5
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レイは、会話が途切れた後も、しばらくの間、幻覚でもかけられているのではないかという思いを捨てきれずにいた。
戦場や騎士団では、あまりの強さから、誰もがレイの絶対の勝利を疑わなかった。むしろ、レイが姿を変えることを副団長の叔父以外、誰も知らないのにも関わらず、なぜか、「人外」だと恐れられているのだ。
私生活では、レイは家族との関わりは、ほとんどなく、使用人たちは気遣ってくれるが、いつも距離は保たれていた。
どうしても断りきれずに参加する社交界では、貴族令嬢や貴族達に囲まれてはいるが、腹の探り合いばかりだ。
モッモッと、木の実を食べる小動物のように、サンドイッチを食べている小柄な女性。
聞き間違いでなければ、確かにレイのことを心配しているとエレナは言った。
「心配すると、言ったのか?」
モッ……モグッ。ゴクンッと少し性急に口の中のものを飲み込んだエレナが、レイのことを半眼で睨む。
本当に分からないのだろうか。
どんなふうに育つと、こんなことになるのかと、エレナは不思議に思った。
(こんなにたくさんの人に、心配されているのに)
エレナのそれは、睨むという表現でいいのだろうか。レイにとっては、これっぽっちも睨んでいるようには、見えなかった。
「……呆れてしまいます」
それはある意味、本音だった。
「何がだ?」
そして、とても知って欲しいと思った。
もちろん、こんなのはエレナの個人的な意見だし、レイにとっては大きなお世話なのだろうと思いながらも。……それでも。
「レイ様のことを、心配している人は、たくさんいると思いますよ? 例えば、リドニック卿なんて、レイ様を助けるために騎士団とは犬猿の仲の魔術師ギルドまで、突撃してきて、私のこと攫おうとしたくらいですから」
「はっ……? 報告には、正式な書面で依頼されたものだと」
レイの方にチラリと顔を正面に向けたエレナが、しまった、という顔をしてすぐに視線を逸らす。
「捏造……」
「っ……滅多なこと言わないで下さい! リドニック卿に待ってもらって、緊急事態対応の札もちゃんと掲示したし、自分の意思でついて行くこともアピールしました。……ただ」
「ただ?」
「ただ……。ちょっと書類提出が、事後になっただけですっ!」
レイは、ここまでの一連の流れをようやく理解する。魔術師ギルドへの、王立騎士団からの緊急依頼など、通るはずないのだ。
それほど、上層部同士の確執は深刻だ。
それを、力技で解決しようとした、ジャン・リドニック。彼の仲間思いは、本物だ。実際、解毒の魔法薬を手に入れるために、誘拐紛いのことをしでかしても、納得できてしまう。
だが、もしエレナの機転がなければ……。
レイの叔父であり、王立騎士団副団長であるゴルドン・フィアンツは、「リドニックの心中に何か変化があったようだ」と、昨日の帰り際言っていた。
エレナに関することを、調べなかったわけではない。だが、魔術師ギルドの公式な文書には、『全てが並である』『真面目な姿勢は評価される』と、平凡な受付嬢として記載されていた。
だが、全てが『並』なんてこと、あり得るか?
騎士団の騎士にも、平凡な、あるいは平均的な人間はいるが、得意不得意はあるし、評価の点ではむしろその部分を記載する。
少なくとも、並だと記されていた容姿は、魔道具で隠されたものだった。
目の前にいるエレナは、あまりに美しく、恐らくこの姿のまま魔術師ギルドで働けば、貴族連中も上位の魔術師も放ってはおかない。
美しさだけでなく、希少な魔力を帯びる髪と瞳。
「故意に、誰かが隠しているのか」
(えっ、何か怒らせてしまったの?)
動きを止めてしまったエレナ。
小声で呟き、思案にくれるレイ。
しばらくの間、食卓には重い沈黙が流れた。
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