銀狼の騎士とギルドの受付嬢 4
そこからは、エレナにとって夢のような時間だった。
公爵家の食事なんて、マナーで気を使い、もっと緊張するかと思った。それなのに、用意してあったのは、小さなサンドイッチや一口サイズのデザートで、どれも気負うことなく食べられた。
一通りのテーブルマナーは、学んだし実践したこともあるエレナだったが、緊張した状態で味わえるかというと、難しかっただろう。
(とても、気を遣ってくれているよね?)
チラリと仰ぎ見れば、レイは当たり前のように大きな手のせいで、より小さく見えるサンドイッチをつまんで、パクリと食べていた。
(足りるのかな?)
目が合うと、ゴクリとサンドイッチを飲み込んだレイは、エレナに微笑みかける。
「……嫌いなものはないか?」
レイは、じっと見てしまったエレナの視線に、気がついたらしい。慌ててエレナも、口の中のフルーツタルトをモクモクと咀嚼して飲み込む。
「はい。好き嫌いはないです」
「それは、良いことだな。たくさん食べてくれ」
「ありがとうございます」
そういえば、野菜も食べるのね。狼って雑食だったかしら。
「俺も、好き嫌いはないからな?」
そう言って、野菜が挟まれたサンドイッチもパクリと食べるレイ。
先ほどから、あまりに不躾だったと、エレナは赤面する。
そしてエレナは改めて、食卓を眺めた。
朝食は、味付けも素晴らしく絶品なのは間違いない。それでも、貴族の食事にしては、決して豪華ではないし、バランスも良い。
食事にもレイの人となりが現れている。屋敷にある調度品は、古いけれど丁寧に磨かれているし、装飾品も華美ではない。
(レイ様は、贅沢ばかりしているようには見えないから、ドレスについては本当にお礼のつもりだったのかな?)
まあ、度を超えているので、やはり別世界に住む人なのだろうとエレナは結論付ける。
本人は気がついていないが、表情をクルクル変えるエレナ。その姿を飽きることなく見ていたレイが、少しだけ逡巡した後、話を切り出した。
「……エレナ嬢、この後の予定は?」
「そうですね。あと最低でも二日間は、ギルドはお休みなのですが、特に何も」
その瞬間、金色の瞳に、レイにしては珍しく僅かな緊張が浮かぶ。
「そっ、そうか。俺も実は、今日は非番なのだが……。一緒にどこか出かけないか?」
「えっ、あの、どこでも良いですか?」
「ああ、どこでも」
「……騎士団っ! 騎士団の訓練が、見たいです」
騎士には、身体強化魔法を使っている人が多いらしい。氷や火魔法は、攻撃に特化している魔法が多いから、剣と魔法を戦いで併用する人もいる。
「あのっ、騎士様が使う魔法は、訓練で見られますか?」
「えっ、あ、ああ。もちろん訓練でも使うな。……俺も、魔法は使うが」
「えっ! ちなみに何魔法ですか? やはり、身体強化ですか?!」
エレナは、魔法好きが高じて、魔術師ギルドの職員試験を受けた。もちろん、髪や瞳のこともあり、必要に迫られてという部分もあるけれど、エレナは心から魔法が好きだった。
「一応、火と氷と光魔法は使えるが」
「複数属性持ち!? すっ、すごいですね! さすが、団長様です!」
「そ、そうか?」
褒められることなんて、いつもに決まっているのに、レイは嬉しそうに答えてくれる。
(あぅ。はしゃぎ過ぎたのに、恥をかかせまいと……。本当にいい人)
やっぱり、予言は偽物だったのではないだろうか。エレナは、そう思うのと同時に、どこまでも不安で仕方がなくなる。
予言師の言葉、そしてレイとエレナの恋。
一緒に過ごせば過ごすほど、遠くから淡く憧れていたのと違い、レイは本当に魅力的だ。
(私なんかとは、釣り合わない。恋人なんてなれるはずもない。……他に、死なない方法は、ないの?)
「……レイ様は、最近、命の危険とか、ありましたか?」
密かに、魔術師ギルドの情報網を駆使して、あの予言師を探し出さなくてはと、エレナは決意する。
「急にどうした? もちろん、先日、遠征先で、その地には生息しない上に、信じられないほど多数のポイズンフラワーが襲いかかってきて、死にかけたが。本当に、エレナには助けられた。まあ、仕事柄、他の人間よりもそういうことは多いだろうな」
「っ……レイ様」
「うん? どうしたんだ、急にそんな顔して」
本当に理由がわからないらしいレイが、慌てた様子でエレナに質問を投げかける。
レイは、当たり前のように危ない橋ばかり渡っているようなことを言って、エレナが心配すらしないなんて、本気で思っているらしい。
(なぜか、とても腹立たしいわ)
「……知り合いに命の危険があったら、心配くらいすると思います」
「えっ?! 俺のことを、心配?」
本気で驚いている様子のレイ。
逆にそのことが不思議で仕方ないエレナ。
(そう、知り合いが命の危機に陥っていたら、心配するし、助けたいのは当たり前のことよね)
エレナは、どんな手を使っても予言師を探し出そうと決意したことに、無理やりそんな理由を付けた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。