銀狼の騎士とギルドの受付嬢 1
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爽やかな小鳥のさえずり。そんな美しい音を聞きながら、目覚めるのはどれくらいぶりだろうか。
エレナは、うっすらと目を開けて、しばらくその音に耳を澄ます。
王都には、鳥のさえずりがないと、弟は言っていた……。
「シリル……」
それは、懐かしい故郷を思い出させる音階。
美しい緑の木々に囲まれた、幸せな日々だった。
そして同時に、エレナにとって、どこまでも暗く悲しい思い出でもあった。
(まあ、時々この外見のせいで石を投げられたりもしたけれど)
それすら、エレナにとっては、目を逸らすことができないほど眩い思い出だった。
そして、その感傷を振り切るように、特賞のフェンリルのぬいぐるみ、その銀色の毛並みにエレナは頬を寄せる。
昨晩と同じように、フワフワ上質な感触なのに、なぜか今朝は温かく、エレナの気持ちは緩やかに昂るようだった。
「あー、目が覚めたか」
「――――はい、最高の毛並みでした。…………へあ?」
目覚めて、もう一度擦り寄った瞬間、困惑したような声が頭上から響く。
エレナが枕から顔をあげると、金色の瞳とバッチリと目が合った。
「……銀色の理想のモフモフさん?」
「うん? そういえば、あの時もそんなことを言っていたな。俺が昨日一緒にいた騎士なのだと知っても、その反応か?」
「――――っふえ? あっ」
服はきちんと着込んでいる。そのまま眠ってしまったせいで、シワになってしまったドレスに、罪悪感が浮かぶ。
ただ、それ以上に、夜通しその毛並みに顔を摺り寄せていたような記憶が、かすかに残っている気がして、エレナはあっという間に真っ赤な秋のように色づいた。
「……エレナ」
「はっ、はいいいっ!」
のそのそと、ベッドから這い出した銀色の犬改め銀狼は、部屋の中ほどまで歩んでエレナを振り返った。
そのまま、どう見ても笑顔にしか見えない表情で、銀色の狼が言葉を繋ぐ。
「こんな風に、誰かの体温を感じて眠ったのは、生まれて初めてだが、案外いいものだな?」
(いっ、言い方ああぁ!)
けれど、エレナはそこでふと、真っ赤になっていた頬に手を当てて思案する。
今、確かに聞き捨てならない言葉を聞いた。
(誰かの体温を感じて眠ったのは、生まれて、初めて?)
一般的には、生まれて初めてのわけがない。
それなのに、どうしてレイは、エレナにそんな言い方をしたのだろうか。
「そんな顔をしないでくれ。自分でも、余計なことを言ってしまったと猛省している」
「余計なこと……なんて」
狼の顔なのに、表情が曇ったことが分かってしまうほど、レイはうなだれていた。
そんな姿が、たまらなく切なく、愛おしく思えてしまったエレナは、ベッドから降りてもう一度、銀の毛並みを抱きしめる。
「なぁ……」
「温かいですか?」
「っ……エレナ嬢は、理解していないようだな」
フカフカの毛並みが、消えていく。
まるで、それは最高に幸せな夢から覚めてしまった朝、しばらく呆然とする瞬間みたいだった。
それなのに、エレナの幸せな夢よりも信じがたい現実は続く。
唇が今にも触れてしまいそうなほどの至近距離で、その形の良い唇と、金色の瞳がエレナの目前にあった。
「俺は、確かに人間なのだと、昨日エレナ嬢は言ってくれたのに……な?」
エレナは、寝ぼけ眼を見開く。
あっという間に、夢見心地だった瞳は、現実を見据える。
「えっ、どういうことですか?!」
「俺の素肌に顔を埋めたまま、眠ってしまったエレナ嬢にこそ、俺が聞きたい」
「言い方あぁぁ?!」
ずざざざっと、音を立てる勢いで部屋の隅まで下がったエレナを、レイが捕食者のように目を細め、さらには象牙のように艶やかで尖った牙を露わにした。
(八重歯なんかじゃない。牙なのだわ)
壁際に追い詰められながら、エレナはようやく、そのことを認識した。
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