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銀狼の騎士とギルドの受付嬢 1



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 爽やかな小鳥のさえずり。そんな美しい音を聞きながら、目覚めるのはどれくらいぶりだろうか。

 エレナは、うっすらと目を開けて、しばらくその音に耳を澄ます。


 王都には、鳥のさえずりがないと、弟は言っていた……。


「シリル……」


 それは、懐かしい故郷を思い出させる音階。

 美しい緑の木々に囲まれた、幸せな日々だった。

 そして同時に、エレナにとって、どこまでも暗く悲しい思い出でもあった。


(まあ、時々この外見のせいで石を投げられたりもしたけれど)


 それすら、エレナにとっては、目を逸らすことができないほど眩い思い出だった。


 そして、その感傷を振り切るように、特賞のフェンリルのぬいぐるみ、その銀色の毛並みにエレナは頬を寄せる。

 昨晩と同じように、フワフワ上質な感触なのに、なぜか今朝は温かく、エレナの気持ちは緩やかに昂るようだった。


「あー、目が覚めたか」

「――――はい、最高の毛並みでした。…………へあ?」


 目覚めて、もう一度擦り寄った瞬間、困惑したような声が頭上から響く。

 エレナが枕から顔をあげると、金色の瞳とバッチリと目が合った。


「……銀色の理想のモフモフさん?」

「うん? そういえば、あの時もそんなことを言っていたな。俺が昨日一緒にいた騎士なのだと知っても、その反応か?」

「――――っふえ? あっ」


 服はきちんと着込んでいる。そのまま眠ってしまったせいで、シワになってしまったドレスに、罪悪感が浮かぶ。


 ただ、それ以上に、夜通しその毛並みに顔を摺り寄せていたような記憶が、かすかに残っている気がして、エレナはあっという間に真っ赤な秋のように色づいた。


「……エレナ」

「はっ、はいいいっ!」


 のそのそと、ベッドから這い出した銀色の犬改め銀狼は、部屋の中ほどまで歩んでエレナを振り返った。


 そのまま、どう見ても笑顔にしか見えない表情で、銀色の狼が言葉を繋ぐ。


「こんな風に、誰かの体温を感じて眠ったのは、生まれて初めてだが、案外いいものだな?」


(いっ、言い方ああぁ!)


 けれど、エレナはそこでふと、真っ赤になっていた頬に手を当てて思案する。

 今、確かに聞き捨てならない言葉を聞いた。


(誰かの体温を感じて眠ったのは、生まれて、初めて?)


 一般的には、生まれて初めてのわけがない。

 それなのに、どうしてレイは、エレナにそんな言い方をしたのだろうか。


「そんな顔をしないでくれ。自分でも、余計なことを言ってしまったと猛省している」

「余計なこと……なんて」


 狼の顔なのに、表情が曇ったことが分かってしまうほど、レイはうなだれていた。

 そんな姿が、たまらなく切なく、愛おしく思えてしまったエレナは、ベッドから降りてもう一度、銀の毛並みを抱きしめる。


「なぁ……」

「温かいですか?」

「っ……エレナ嬢は、理解していないようだな」


 フカフカの毛並みが、消えていく。

 まるで、それは最高に幸せな夢から覚めてしまった朝、しばらく呆然とする瞬間みたいだった。


 それなのに、エレナの幸せな夢よりも信じがたい現実は続く。


 唇が今にも触れてしまいそうなほどの至近距離で、その形の良い唇と、金色の瞳がエレナの目前にあった。


「俺は、確かに人間なのだと、昨日エレナ嬢は言ってくれたのに……な?」


 エレナは、寝ぼけ眼を見開く。

 あっという間に、夢見心地だった瞳は、現実を見据える。


「えっ、どういうことですか?!」

「俺の素肌に顔を埋めたまま、眠ってしまったエレナ嬢にこそ、俺が聞きたい」

「言い方あぁぁ?!」


 ずざざざっと、音を立てる勢いで部屋の隅まで下がったエレナを、レイが捕食者のように目を細め、さらには象牙のように艶やかで尖った牙を露わにした。


(八重歯なんかじゃない。牙なのだわ)


 壁際に追い詰められながら、エレナはようやく、そのことを認識した。


最後までご覧いただきありがとうございました。


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